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一分の隙も無い人相と言おうか、吊り上がった眉毛、きりりとした二重瞼、精悍な目つき、引き締まった頬、きゅっと結んだ唇、そして真ん中に鎮座する曲がったことが大嫌いと言わんばかりの筋の通った鼻。全く以て凛々しい。それでいて横から見ると、鼻の頭も瞼も頬も額も顎も女性らしい円やかな丸味を帯び、その甘い麗しさで男を蠱惑し、陰唇を連想させる耳で男の誘いを聞こうとする。序でに言えば、豊満な乳房が容易に想像出来る胸元で男を弥が上にも惹きつける。
職員室の自分の席に座ってデスクに向かっても厳しさの中にも女性らしい濃やかさ優しさ美しさ豊かさが満ち溢れる愛川里美が〇小学校に赴任して以来、校長の峰岸呉起は、彼女に思いを寄せずにはいられなくなった。
彼は3年前にドM変態性欲を満たしてくれる妻と死に別れ、満たしようにも校長である立場上、ハプニングバーなぞに行く訳にも行かず、少しも満たしようがない男寡の生活に堪えがたくなっていた所へ持って来て思いも寄らぬ美人教師との出会いにときめかずにはいられなくなったのだ。
まだ51歳、校長になれたことだし、俺の人生はこれからだ!それにはパートナーが必要だ。美しければそれに越したことはない。若ければ猶更だ。嗚呼、里美は絶好の相手ではないか!と呉起は強く感じ入るようになり、手懐ければ亡妻よりもドM変態性欲を満たしてくれるであろう里美と一緒になれることを夢見て独り悦に入ったりする。
勿論、校長になる為の教育に関する免許と経験を持ち、多くの上滑りな教員からも生徒からも品行方正と認められ、校長の座を若くして勝ち得た呉起であったが、普段、良い人を演じる余り、その余所行きの反動から歪みに歪んでドM変態性欲を持つに至ってしまったのだ。
で、SM女王になった里美を想像すると、ルックスだけでなくスタイルも抜群だけに嘸かしカッコいいだろうなあと思って堪らなくなり、何としても実現したいが、そんな趣味があると知れたら嫌悪され軽蔑されるに違いない。だから今迄通り外面良く尊敬されて然るべき人柄を装って里美にアタックするしかない。彼女が自分に求めるもの、それは人一倍使命感の強い彼女のことであるから重々心得ていて、争えない事実として〇小学校では深刻な苛め問題を抱えていたが、それを里美が快刀乱麻を断つが如く解決してくれたのだ。
校舎裏で寄って集って独りの生徒をリンチする生徒たちを目撃するや、その内リーダー的存在の生徒に向かって突進し、その生徒をリンチの輪から引きずり出すと、猶も義侠心に燃えながら物凄い迫力で咎め質した。仲間が皆逃げてしまう中、里美に何も抵抗することなく泣き崩れながら反省の弁を語った生徒は、名を室井一郎と言って六年生なのだが、二年生で妹の次子のクラスの担任になった里美が次子の学級写真を見たのをきっかけに大好きになり、大好きな先生に嫌われたくない一心であったのだ。彼は里美の前で彼女を弱きを助け強きを挫くヒロインのように思い、リスペクトし、改心したのちリンチに遭った生徒に平謝りに謝った。そして逃げた仲間も呼び寄せて謝らせたのだ。これは全く凄いことでアメイジングでエポックメイキングなことだった。
何しろ一郎の担任は、他の教員もそうだが、ブラック勤務を強いられ、多忙で残業過多なので、これ以上、業務を増やしたくないという思いから苛めを見て見ぬふりをしていたのだ。生徒からの人気を得る為にも金持ちの子である一郎を優遇し、貧乏人の子であるいじめられっ子を冷遇するくらいが得策だという思いもあったのだ。それに苛めが起きるということは自分の指導力不足ということになり、それを公に認めてしまうと、管理職や保護者などが束になった、集中砲火を浴びるのが目に見えているし、今の学校現場には擁護してくれる人がいないので苛めを認めるのが怖いという思いもあったのだ。また、苛められる方にも悪い面があると考えた場合、戦争をして良い理由がないように苛めをして良い理由なんてない!だから苛める方が絶対悪いとの英知が働かないものだから加害者側の事情も分からないでもないと苛めを半ば認めてしまい、加害者を成敗してしまっていいものか、判断がつかない、つまり先生でありながら生徒の誰が悪いのか、物事の良し悪しが判然としないのだ。
校長はまた校長で仮令、苛めがあると分かっていても矢面に立たされないよう苛めを公表しないし、教員たちも校長に口外しないよう命ぜられているので保身の為、足並みそろえて苛めを隠蔽する。また苛めの原因究明をするとなると、すればする程、学校側に過失と責任があることを立証するジレンマに陥ってしまうから学校側は苛めの原因究明に本腰を入れない。また苛めを調査する第三者委員会というものがあるが、学校側に都合のいい有識者がメンバーに選ばれているので縦しんば調査しても学校側が不利になる苛めを公にしない。また仮令、公平な判断が出来るメンバーが調査して報告書に「要支援領域」と判定結果を記しても学校側は都合上、それも隠蔽してしまうのだ。そんな今時珍しくない学校の一つである○小学校の校長になった呉起もまた、慣例通りの校長であったが、いじめ問題を一学期早々に解決してくれた里美のお陰で年度当初に行われる人事面談でいじめ問題隠蔽について触れずに済むこととなって只管、彼女を褒め上げ、昇給を検討し、来年度は上級生を担当してもらうよう取り計らう旨を伝え、彼女に出来るだけ気に入られようとし、頭が上がらない所以から秘かに彼女に対するM心を逞しゅうするのだった。
しかし、里美にアタックするとなるとセクハラ社長が女子社員に接するように気軽には行かないのが困りもので教室訪問するにも黒板が綺麗だね、ロッカーが綺麗だね、掲示物が綺麗に貼られてるね、ゴミが落ちてないね、机が乱れてないね、教室の雰囲気がいいねなどと褒めるしか能がなく、その度に里美の笑顔を見てむらむらし、朝の生徒の登校時、登校を見守る為、安全旗を持って校外して里美が毎日指導する登校班の指導を途中で受け継ぐことになった際も、「校長先生、後は宜しくお願い致します」と彼女に笑顔で言われて、「うむ、後は任し給え」と偉そうに答えたが、立ち話する訳にも行かず、それだけしか言葉を交わせないのでむらむらするのだった。
偶に体育の時間に運動場で生徒を指導する里美を校長室から眺められる時は遠目に貪り見て人前では決して見せない厭らしい顔つきになるのだが、そう露骨に里美と接する訳には行かない息苦しさがあるのも困りもので、ま、しかし、もう、こうなったら年度半ばの人事面談の時に何とかするしかないと呉起はその時を待つしかなかった。
で、当日、私は絶対、苛めを許さないですときっぱり言い切る里美に但し僕は苛めてもOKだよと思いながら痺れるばかりで求めるものがアブノーマル過ぎるからどうにも切り出しにくく第一、人一倍使命感の強い美人教師をSM女王に仕立てようなぞという希望は野望に違いなく土台無理があり結局、品行方正な校長の仮面を被った儘、学級経営に関する事しか話せなかった。
それからも校内巡視がてら里美のクラスに足繁く通って教鞭を執る里美をこそこそ覗き見したりするのが一番の楽しみであり救いであったが、里美との関係は碌々と進展せず、荏苒と時は流れてゆき、冬休みに入り二年生で孫の峰岸初美が彼女の父親、つまり呉起の息子の峰岸初と呉起邸を訪れた際、担任の里美について報告した。
「校長先生!」初美はまだおじいちゃんには見えない呉起を学校で会う時と同様にそう呼ぶのだ。「愛川先生がね、男の人と旅行してるの見たって室井さんが言ってたよ」
初美は呉起に会う度に里美について、「校長先生の立場上、聞くんだが」と言われていたので謂わば特ダネを聞かれる前に喜び勇んで伝えたのだった。
「何!本当か!」呉起は当然の如く驚いて思わず叫んだ。「その室井さんとは、室井一郎君の妹かい」
「うん、室井さんね、家族で京都に遊びに行ったんだって。そしたらね、神泉苑って処でね、見たんだって」
「何、神泉苑!」呉起は恋愛運アップのパワースポットとしても有名な名所を思い浮かべて言った。「あ、愛川先生が法成橋を男の人と願い事しながら歩いてたりしてた訳か?」
「そこまでは分からない」
そりゃそうだと呉起は自分の愚問に納得してから言った。
「じゃあ男の人とは誰だ?室井さんはどう言ってた?」
「それがね、後藤先生って言うのよ」
「何!後藤先生!」後藤清志郎と言えば、唯一苛め問題隠蔽に反対し、呉起側に立つ人間から見れば、出る杭で今は6学年のクラスの担任だ。「室井さんはそこで二人の先生と話したのか?」
「んーん、見ただけだって。で、お兄ちゃんが悔しがってたって」
「そ、そうか・・・」今や里美は〇小学校の押しも押されもしないヒロインだし、室井一郎君も惚れてるんだろうと呉起は悟った。そして年度当初の人事面談に於いて教科書に書かれていない史実に忠実に僕は歴史の授業で教えて行きたいと思いますと言った清志郎が印象に残っていたので右翼で歴史修正主義者である呉起は、日本国の黒歴史を暴露しようとする左翼思想の持ち主ではないかと清志郎を疑り、煙たく思った当時の儘の頭を展開し、左翼のレッテルを張ることによって何とか人事異動できないものか・・・市長と同じく教育長とも仲が良いのを幸いに教育委員会に参加してとまで思う呉起であった。
清志郎はもう〇小学校に来て4年の月日が経つ。転任希望させても良い頃合でもあったから年度末の人事面談の時が来ると、呉起は内はブラックだし、ホワイトな他の所で欠員もあることだし、君は時期的にも転任する潮時だと思うんだがねと清志郎に持ち掛けた。
すると清志郎は一点の曇りもない清々しい顔で言った。
「そうですね、いじめ問題も解決したことだし、安心して〇小学校を去ることにしましょう。但し、僕からのお願いですが、ブラック勤務の改善に是非とも取り組んでもらいたいものです。そうしていただければ本当に安心して〇小学校を去ることが出来るのですが・・・」
「分かりました。約束しましょう。君は実に他の先生思いな人だ」殊に愛川先生をと思って呉起は悋気を起こした顔を卑屈に歪ませ、にたにた笑うのだった。
しかし、清志郎を転任させたところで呉起にとって事態は良くなるどころか悪くなるばかりだった。里美と清志郎は変な噂を立てられる心配もなくなって交際を心置きなくし、恋仲は深まるばかりで呉起はと言えば、矢張り木偶の坊宛らに何にもできないのであった。
呉起はもうストレスやフラストレーションが溜まる一方になり、気違いになりそうでどうにも耐えられなくなり、仕方なくハプニングバーへ通いだすと、品行方正が売りだったあの校長がと騒ぎ立てる者があるもので醜聞は悪事千里を走るであっという間に広がり、呉起は赤っ恥を搔き、ブラック勤務を一切改善することなく最悪の形で辞任に追い込まれた。
それからというもの呉起は良い人を演じる必要がなくなったが、心は退廃するばかりでハプニングバーのみならず何処でも酒に溺れ、デカダンな日々を送るようになってしまった。そして極めつけは朗報だから喜ぶだろうと訪ねて来た初美にこう言われた事だった。
「おじいちゃん!愛川先生と後藤先生が結婚したんだって!」
おじいちゃん?そう、呉起は校長を辞めてからすっかり老け込んでしまったのだ。そんなことはさて置き、嗚呼、里美が俺の里美が…と気が触れたものかそんなことを何度も呟いたかと思うと我が孫を踏んづかまえて性的虐待を加え出した。ストレスやフラストレーションの捌け口を幼気な少女に求める、その人非人ぶりは無論、晩節を汚すどころの騒ぎではない。初美と一緒に訪れていた初は、初美の悲鳴を聞きつけると、倉皇として駆けつけて呉起を取り押さえ、結局、精神病院に送ることとなった。
で、すっかり希望を失った呉起は、入院後、日ならずして病棟の屋上から飛び降り自殺したのだった。初美の心に一生残る深い傷を負わせた儘・・・実に罪深いことだが、定めし地獄で悪魔に魔女の伴侶があって彼女による鞭打ちの刑というものがあれば、喜んで願い出ることだろう。そして実際にぶたれると、無上の快感を覚え、女王様、もっとぶって!もっとしてくださりませ!と狂喜して叫ぶことだろう。
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