巫女と迷子と夏月夜

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 ある夏の夜に、僕は、ふと駅の方へと歩きに行くことにした。西の空は微かに黄昏ていたが、夜の闇はいつもより暗く感じられた。月が僕を誘うように妖しく輝く。  特に目的もなく、強いて言えば散歩である。駅の方へと行く途中で、すれ違う人の顔は皆、疲れているのか生気がなかった。  駅前は、怪しく光る街の灯り、いつもより古びて見える建物が建ち並ぶ。  悲しそうな顔をしながら受け取ってもらえないティッシュ配りの女性、疲れた顔で歩くスーツの男性。日常の光景だが、いつもと違う違和感を感じる。  僕は、怖しいことに気づいてしまった。街を歩く人々の体が透けている。半透明の体が歩いている。恐怖を感じつつ懐かしさを感じた。  「あなたは死んでないのね」 急に女の落ち着いた声がした。僕は、半透明な人々を見て異常だと思い、この女は何かを知っていると勘付いた。 「なぜ、人の体が透けているのですか?もしかして……」 「そうよ。ここは彼岸。あなたは迷い込んだのね」 「なんで……僕は死んでないのに……」 「だから、迷い込んだの。あなたは」 「現世に帰りたいんですが、帰り道はわかりますか?」 女は頷いたが、こう言った。 「知ってるけど、教えない」 「なんで?早く帰りたいんだけど」 「あなた、私のこと覚えてないの?」  色白の顔に艶のある黒い髪。女の顔をよく見ると、見覚えがある。あゝ、忘れていた。僕が学生の頃に事故で死んだ同級生の女子だった。白いブラウスに真紅のスカートという出立ち。 「君は確か、谷川さん。中学2年生の時に亡くなった同級生だ」 「そうよ。こっちには同じ年の人が少なくてね。あなたにもこっちで暮らして欲しいんだけど……なんてね」 そんふうに谷川さんは妖しく笑う。 「まあ、現世に返してあげるわ。でも、ちょっとお願いがあるの。ある悪しき霊が、現世とあの世を繋いでるの。そうして、現世から死後の世界に迷い込ませて、あなたのような迷える子羊を捕まえてるわけ」 「捕まえてどうするの?」 「生者の魂を餌にするのよ。死してなお現世の汚い欲望にまみれた未練タラタラの悪霊なのよ。奴は」 「なんか怖いな。迷い込んだ時から、もう怖かったけど」 「まあ、そんなに怖がってない方よ。清水くんは。見込みがあるから、一仕事してくれないかな?」 「わかった」 僕は、元の世界に帰る前に一仕事することにした。僕と同じように彼岸に迷い込む人が出てこないようにするためだ。
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