2人が本棚に入れています
本棚に追加
あの世の街並みは、現世と似ていたが違うところもあった。悪い商売で儲けている店がものすごく大きなっていたり、欲深く、その欲望に忠実な人の家が過度に豪華になっていた。逆に、良い商売の店は小さくて、堅実な人の家はボロボロになっていた。
谷川さんは言った。
「この世界は、欲望で膨れ上がる。欲深きものが栄える腐った世界。現世的で物質的な欲望を未だ捨てられない死者たちの世界」
「なんで、品行方正だった谷川さんがこんなところに」
「それは、この世界を牛耳っている悪霊に閉じ込められているからよ。ここに迷い込んだあなたも今は同じ。さあ、アイツを倒しに行きましょう」
「倒すって……戦うの!?僕は」
「そうよ。あなた剣道部でしょ?」
「高校は剣道部じゃないんだけどなぁ。あと、剣道も喧嘩も強くないし」
「まあ、ともかく大丈夫よ。成仏できないここの死人より、生者の方が強いし。少なくとも肉体的には……とにかく心で負けちゃダメよ」
「なるほど。なんか安心した」
「この夜の国を治めている神がいるの」
「神様が治めてるのに、悪霊を退治してくれないなんて、酷いなぁ」
「彼も忙しいのよ。神様のところに行くわよ月夜見宮神社わかるよね?」
「わかるよ。御祭神は確か……なんだっけ?」
「月読命よ」
「ああ、あのマイナーな神様。伊弉諾命の禊で生まれた三神の中で一番神話が少ないからよく知らないなぁ」
「月読命は夜の食国を治める神。私もどんな世界があるのかよく分からないから、どんな国か知らないわ。でも会えるのよ。神社に行くと」
「へぇ。いろんな世界があるんだ」
僕と谷川さんは、2人で彼岸を歩いた。1人は死人。1人はまだ生きている。僕は彼女に、触れられるのかは分からないが、触れない方がいい気がしていた。
神社の境内に入ると、沢山の霊がいた。救いを求めるように参拝している。僕たちもその列に並んでいたが、1人の古風な顔立ちの巫女に声をかけられ、神社の奥に通された。
神社の建物の中には、紫色の着物を着た、雅で神々しい男神が玉座に座って待っていた。一目で月読命だとわかった。
僕たちは畳に正座した。
「余は月読命。此岸からわざわざ、ご苦労であった。汝らの頼みはわかっている。余もどうにかしようと思っていたところであった」
不思議な響きのする印象深い古風な声で話しかけられ、畏れ多く何も話せない。
「汝らに餞別をやろう。これで、悪しき霊にも対抗できるはず」
そう月読命が言うと、立派な太刀と美しい鏡が宙に浮かび上がり、それぞれ僕と谷川さんの左腰に収まった。
「帰るとよい。余は忙しい。頼むぞ」
月読命がそう言うと、僕たちの目の前は真っ暗になり、気づくと大きなビルの前にいた。
最初のコメントを投稿しよう!