巫女と迷子と夏月夜

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 あの世の街並みは、現世と似ていたが違うところもあった。悪い商売で儲けている店がものすごく大きなっていたり、欲深く、その欲望に忠実な人の家が過度に豪華になっていた。逆に、良い商売の店は小さくて、堅実な人の家はボロボロになっていた。  谷川さんは言った。 「この世界は、欲望で膨れ上がる。欲深きものが栄える腐った世界。現世的で物質的な欲望を未だ捨てられない死者たちの世界」 「なんで、品行方正だった谷川さんがこんなところに」 「それは、この世界を牛耳っている悪霊に閉じ込められているからよ。ここに迷い込んだあなたも今は同じ。さあ、アイツを倒しに行きましょう」 「倒すって……戦うの!?僕は」 「そうよ。あなた剣道部でしょ?」 「高校は剣道部じゃないんだけどなぁ。あと、剣道も喧嘩も強くないし」 「まあ、ともかく大丈夫よ。成仏できないここの死人より、生者の方が強いし。少なくとも肉体的には……とにかく心で負けちゃダメよ」 「なるほど。なんか安心した」  「この夜の国を治めている神がいるの」 「神様が治めてるのに、悪霊を退治してくれないなんて、酷いなぁ」 「彼も忙しいのよ。神様のところに行くわよ月夜見宮(つきよみのみや)神社わかるよね?」 「わかるよ。御祭神は確か……なんだっけ?」 「月読命(ツクヨミノミコト)よ」 「ああ、あのマイナーな神様。伊弉諾命(イザナギノミコト)(みそぎ)で生まれた三神の中で一番神話が少ないからよく知らないなぁ」 「月読命は夜の食国(よるのおすくに)を治める神。私もどんな世界があるのかよく分からないから、どんな国か知らないわ。でも会えるのよ。神社に行くと」 「へぇ。いろんな世界があるんだ」  僕と谷川さんは、2人で彼岸を歩いた。1人は死人。1人はまだ生きている。僕は彼女に、触れられるのかは分からないが、触れない方がいい気がしていた。  神社の境内に入ると、沢山の霊がいた。救いを求めるように参拝している。僕たちもその列に並んでいたが、1人の古風な顔立ちの巫女に声をかけられ、神社の奥に通された。  神社の建物の中には、紫色の着物を着た、雅で神々しい男神が玉座に座って待っていた。一目で月読命だとわかった。  僕たちは畳に正座した。 「余は月読命。此岸からわざわざ、ご苦労であった。汝らの頼みはわかっている。余もどうにかしようと思っていたところであった」 不思議な響きのする印象深い古風な声で話しかけられ、畏れ多く何も話せない。 「汝らに餞別をやろう。これで、悪しき霊にも対抗できるはず」 そう月読命が言うと、立派な太刀と美しい鏡が宙に浮かび上がり、それぞれ僕と谷川さんの左腰に収まった。 「帰るとよい。余は忙しい。頼むぞ」 月読命がそう言うと、僕たちの目の前は真っ暗になり、気づくと大きなビルの前にいた。
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