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「どこにいるのよ」
本館に戻ってきたが、やはり柊の姿は見当たらない。堪忍袋の緒が切れた私は『もう知らん。いねぇなら帰る』と乱暴なメッセージを送って外に出ようとした。
「待って待って。ごめん姉ちゃん」
後ろから聞き慣れた声がして、睨みながら振り返った。
「ふざけんな。こっちは仕事で疲れてんのよ。用がないなら帰る」
「ごめんって。これ選ぶのに思ったより時間かかっちゃって……」
そう言って高校を卒業してから髪を茶色に染めた弟が、ひとつの紙袋を目の高さでぶら下げる。その紙袋に描かれたロゴを見て、私は驚いた。
「ここ、ブランドの化粧品売ってるとこじゃない。なんであんたがそんなとこに行くのよ」
すると柊は人懐っこい笑顔を向けてきた。
「姉ちゃんにプレゼント。今まで俺を育ててくれたお礼」
「えっ」
「俺さ、春から大学生になるでしょ? 父さんと母さんが死んでから姉ちゃん、俺を1人で育ててくれたじゃん? だから、今度は俺が姉ちゃんをサポートするから。バイトして家にお金入れるし、料理とか洗濯もやるからさ。これからは自分のために時間やお金を使ってよ」
はい、と渡されて、今までの怒りがどこかへ行ってしまった。育て方を間違えたかと思っていたことも、どうして自分ばっかりと思っていたことも、柊の優しさに触れてどこかへ飛んでいった。ただただ嬉しい。もらった紙袋が急に重みを増した気がした。私は今日、紙袋ごと抱いてこの化粧品たちと寝るだろう。
「ちょっと前にここのサイトページ見てたでしょ」
「うん」
「あと、飯奢るよ。どこ食べに行く?」
こいつ、私を泣かせる気だな。
それだけは絶対に嫌だったので、歯を食いしばってグッと堪え、私はニッコリ笑って答えた。
「高級フレンチレストラン連れてってくれないと許さない」
END.
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