キライなオトコの腕の中にいるような

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キライなオトコの腕の中にいるような

 この歳になって、初めてはんてんを買いました。  見た目がダサいんだもん。今まで手が出なかったのよ。  しかし、年齢と昨今の物価高には勝てず……。    ガス代も電気代も高いから、 「暖かいわよ。あなたの分も買いましょうか」  と訊いたら、 「いいや、僕の分はいいよ」  と、夫は首を振りました。  昭和初期の小説に出てきそうな会話をしてしまったマーナ夫婦。  若い頃、友達の部屋に遊びに行くと、はんてんを着ている子が多かった。  しかしマーナは着なかった。  そして、今、初めてはんてんの長所と短所が理解できた。  まず、長所。  暖かい。やれダウンだヒートテックだといっても、綿布団にくるまれているような、はんてんの暖かさには勝てないのではないでしょうか。  そして短所。  動きにくい。これを着て、料理や洗い物はできません。  暖かいゆえ、脱いだときの寒さが半端ない。  だから、ずっと着ていたい。  よって、家事がはかどらない。  綿布団のような作りなので、自分の体の幅がわからなくなり、部屋のあちらこちらで引っかかる。  はんてんを着てソファに座っていると、その暖かさと安心感から眠くなる。   よって、怠け者になっていく。  パソコンの前に座っていても眠くなる。  よって小説もはかどらない。  分厚いので着脱がしにくい。だから腹が立つ。  そして、どうしても、ダサイ、というイメージが拭えない。  最高に暖かいのに、誰も外出着にしていない。  いっそ、海外で冬を過ごすときに、ジャパネスクとして着ようかと、はんてんのせいで夢だけが膨らんでいく。  こんなにも短所があるのに、もうはんてんを手放せないマーナです。  これは、キライなオトコの腕の中にいる感じに似ています。  小説家の皆さまは、そんな経験あるのん? なんて、無粋な質問はなさらないでしょう。  ある状態(はんてんを着たマーナ)を経験しながら、別の状態(嫌いなオトコの腕の中)の感覚を味わい言語化する。それも小説家の性だもの。 「ハン・テン、悪い男ね。  こんなにも嫌いなのに、どうして私は、あなたから離れられないの?」 「無理に離れることないじゃないか。そのときが来たら、俺たちは自然に別れる」  今も、キライなオトコに暖かく抱かれながら、この文章を書いています。  おそらく四月頃まで、この不倫にも似た関係は続くでしょう。
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