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あの人が、僕を見捨てるはずがない。
だって彼女は、いつも僕を“愛している”と言ってくれていた。ずっと僕達は愛し合って、辛い時も嬉しい時も分かち合って暮らしてきたのだ。
貴方と食べると、簡単なご飯でも本当に美味しいわ、と。そう笑ってくれた笑顔を、いつまでも覚えている。優しくて、可愛くて、服がお洒落でとっても一途で。僕はそんな彼女を、一生守って生きていくと誓ったのだ。
それなのに。
――僕のこと、要らなくなったなんて、そんなことないよね?
少年に出逢ってから、あの言葉がぐるぐると頭の中を離れない。
彼女を信じている。彼女の愛を、過ごした日々を、貰った喜びを。彼女が僕を裏切るなんて、そんなことあるはずがない。だって、約束したのだ、迎えにくるって。
『ここで待っててね。すぐに迎えに来るから』
確かに、いつもならそんな小さな約束、破られるはずなんてないものだった。大きなスーパーじゃない。ちょっと買い物して、多少長くなったってそれは一時間か二時間程度。会計が終わったらすぐに出てきて、僕を迎えにきてくれるはずだった。それが、何日も何日も、なんてことになるのは普通はあり得ない。
僕が、捨てられたのでないのなら。
彼女が、僕を要らなくなったわけでないのなら。
――夏の暑い日に、僕を炎天下に置き去りなんて。そんなこと、ない。ないったら。絶対ない……でも、それなら、なんで。
少年と会った翌日から、この町は酷い雨に見舞われた。殆ど嵐にも近い。僕は吹っ飛ばされないように、必死で軒下にしがみついていなければいけなかった。いろんなものが飛んでくる。ボロボロになったチラシ、折れた傘、小さな看板らしきものまで。
この場所から逃げ出せたらどれほど楽だろう、と思った。ここで、愛しい人を待つことをやめてしまえたら。
でも、それは。僕がずっと信じてきたことを、自ら否定してしまうことに他ならない。それだけは絶対に嫌だった。どんなことよりも、痛くて苦しいことに他ならなかった。
――早苗。
僕は、大好きなあの人の名前を呼ぶ。
――早苗、早苗、早苗。今君は、何処にいるの?僕のこと、本当に嫌いになっちゃったの?
ほろり、と。涙が一粒、風に流されて消えたのだった。
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