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そこには、僕が知っている景色は何もなかった。
カウンターがあったらしき場所には大穴があいており、しかも硝子は粉々に砕けたまま。しかも、一体何年放置されていたのか、看板も壁も錆びだらけで文字なんてほぼ読めなくなってしまっている。
トドメは、建物全体に緑色の植物が絡みつくようにして飲み込まれていることで。
「お前、自分が死んでることに気づいてなかったんだな。……御主人様も、同じ事故で死んでるってことも」
友樹少年は僕の頭を撫でながら、悲しそうな声で言った。
「このスーパーがにぎわってたの、お父さんが子供の頃なんだって。……お前、何年も何年も自分が待ってること、自覚してなかったんだな」
「だ、だって」
信じられない、信じたくない。あの人がもうこの世にいないなんて。
僕ももう、死んでるなんて。
「だってちゃんと、約束したんだもん!待ってるって、……迎えに来てくれるって!あの人が約束破ったことなんてなかったんだもん!だから、だから……!!」
「きっと、同じことを、お前の飼い主さんも思ってるよ」
彼はぎゅっと僕を抱きしめて言った。
「今度は、お前が迎えに行ってあげなよ。亡くなったおばあさん……大島早苗さんも、きっとお前を待ってるから」
す、と少年の手が空の彼方を指さす。僕が目を見開く先、すーっと弧を描いて虹の橋がかかるのが見えた。その橋の先端が、ゆっくりと僕の目の前に降りてくるのも。
それから――ああ、それから。
僕は眼が良くないけど、それでもわかるのだ。橋の上の方から、あの人の声がする。僕の名前を呼んでいる。手を振って、僕の方においでおいでと言っているのが。
「早苗!」
僕はちぎれんばかりにシッポを振って、その声に答えた。
ああ、ようやく。待ち人に会える日が来たのだ。あの人は、やっぱり僕を捨てたわけではなかったのだと。
「……ありがとう、僕、行ってくる。この橋を渡ればいいんだよね」
「うん。早苗さんも、きっと喜ぶよ」
「当たり前だよ!僕達は家族なんだから!」
じゃあね、と。挨拶もそこそこに、僕は四つの足で虹の橋を駆けあがり始めたのだった。ぐんぐんとスピードを上げて、空へ空へと魂は登っていく。
君の待つ場所まで、あと十秒。
「遅くなって、ごめんね。迎えに来たわ、ロッキー」
もう、力加減を気にする必要もない。
大好きなその人に、僕は思いきり飛びついて甘えたのだった。
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