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そして細かな支度を自ら整え、洗面台に歯ブラシを片付けていると別の少女が声を掛けてくる。
電話番から来客の取次に案内、接客までをこなす有能な女中役で、この男の唯一の家族で妹だ。
顔の中身がこじんまりとしているのに、目だけは大きく長い睫毛が品よく揺れる。波がかった黒髪を腰まで伸ばし、セーラー服が似合う大人しそうな見目で。
「お兄様、お早よう御座います。こちら今宵予約されたお客様の一覧、お目通し願います」
「分かった。そうだ玻璃、あとは紙屋が来るんだったかな」
名を呼ばれたことが大層嬉しく。だがそれを全面に出すこともなく玻璃は控えめに頷いた。
「二時半頃にいらっしゃるそうで」
「ん、丁度いい時間だね」
手渡された数十枚ほどのカードを手に、素早く予定と確認してからオイルランタンを受け取り次へと急ぐ。
学校の夏期休暇中、お盆が始まる時。
眠りから覚めたなら一番に行かなければならないところである。
少しでも遅いと拗ねてしまうのだ。
そうなれば今日これからの仕事に支障をきたすのだから、男は足早に地下へと続く階段を下りた。
鉄筋コンクリートを灯す揺らめきを辿りながら。
着いた先には重厚感ある木製の両扉に一枚の紙札。
そこを指二本で軽く触れると、目を閉じてから何かを囁き始めた。
それが言い終える頃、急に大きな青炎が一瞬上がり、紙はすぐに灰となって散り散りに舞ってゆく。
「間に合ったかな?」
ぎっ、と軋む音と共に扉が開かれると、何処からか蛍も釣られてやって来る。
そこには……。
身震いするほどの冷気に包まれた寝棺が十基ほど並んでいるのだ。
その内の手前三基だけは、格式張る上等な漆塗り。
上には古びて色の変わった半紙がそれぞれに貼られており、〝姫〟〝源氏〟〝平家〟と達筆が流麗に記されてあった。
「さあ、起きて……」
男はそこを優しく数回ノックしてから次々に蓋を開けていく。
眠りから目覚めたのは、目を隠し血の気のない肌、半色(中紫)の女たちだった。
「おや……今年も益々に色男だねぇ。坊は」
漆塗りの一基から、露出高い変わったデザインのチャイナドレスに身を包み。
すらりと伸びたほど良い肉付きの片足を高々上げて、口付けを投げている。
「お早ようヒメ、ありがとう。貴女も変わらずに目眩がするほどに美しいよ」
男がそうにこりと微笑めば、満更でもなさそうに頷きながら出て行こうと扉へ向かう。
「あまり遠くに行ってはいけないからね」
「分かっているさ」
その姿を視線で見送ると、豊満な胸を棺の縁に乗せながら猫なで声が後ろで喧しく促す。
「まあ、ヒメばかり狡いわ! 瑠璃様ぁ、夕顔は?」
「お早よう夕顔、君もずっと綺麗だよ。特にその声が魅力的だね」
きゃあ、と歓喜に声が上がれば更に後ろで。
まるで日本人形のような少女が小さく頬を膨らませているのだからつい笑ってしまう。
「琵琶もお早よう。よく眠れたかな、愛らしいお嬢様?」
「えへへ、瑠璃様……そのお声で私の名だけを呼んで、私だけをずっとずっとお傍に置いて欲しいです」
顔を反らし隠すよう恥じらう少女に、
「はん、皆に特別なのよ瑠璃様は。まだ少しぎこちないお子様が、誰を差し置いて出しゃばっているんだか!」
まるで貴族令嬢のような、大きく胸元の開いたドレスに身を包みながら鼻で笑う。
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