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「本日、〝源氏蛍〟をご指名だと。ご紹介者様よりご予約と共に承っております」
「はあ。誰でも良いんです……」
初めての場所、勝手も分からず。
まして男は何度も言うが、とりあえず最期くらいは良い思いがしたいだけなのだから。
また少しだけ俯いた。
「そう仰らず。ここでは意味を成さないのですから……」
「え?」
少女の声ではない、自身のちっぽけな虚勢を更に見透かされるみたく。
背後から神経質そうだが耳触りの良い声が、肩を優しく触れるよう掛けられた。
ゆっくりと振り向けば、
「さぁさ、倫理観など脱ぎ捨ててこちらへどうぞ」
不思議な模様を羽織った金縁眼鏡の男が立っている。
右手に鍵を、左手には……。
「あの、それは一体?」
「この先を照らす道標、でしょうか……」
「そんなものが?」
「ええ、ここ闇蛍館の名物なんですよ。お客様にはこれが風流だと、それとも残酷だと。どちらに感じられますか?」
これ、と摘んだ麻紐には何とも上品な竹製の虫籠がぶら下がっていた。
中には無数の……。
「あの、意味が……」
「ご案内致しますね」
何を考えているのか。汲むことの出来ない笑顔に胡散臭いと僅かに思いながらも、同性ならば妙な遠慮や不安は和らいでいくようで、男は大人しく後を付いていく。
フロントカウンターを抜けた先の扉を開け、それが背後で、ばたん、と大きく閉まると。その先はただの暗闇で。
目を凝らしても全く何も見えないのだから、萎んだ不安がまた募り、もう帰りたいとさえ感じていた。
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