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その矢先、竹籠が発光し足元をほんのり照らし出すではないか。
「わ、蛍……道標ってこういう!」
「ええ、実に情緒的でしょう。この光には沢山の意味があるんですよ」
「へぇ、例えば?」
「例えば。旅立ってもあなたの幸せを願う、だとか……」
綺麗だと、淡い明かりに胸躍らせ後を歩く男が、肩を、ぎくり、と震わせた。
悟られていないはず、何も言っていないのだから。
「そ、そう……」
それだけやっとで反応すると口つぐんでしまう。
静寂に、今度はその発光だけが喧しいほど眩く見えた。
そうしていると光りは急に立ち止まり、
「さあ、源氏蛍の部屋へ到着致しましたよ。こちらの鍵でお入り下さい」
「…………」
「そうそう、退出の際には室内電話にてその旨をお伝え下さいますよう」
「はあ……」
「では、ごゆっくり」
源氏蛍と書かれた板札がぶら下がる鍵と、僅かな明かりを押し付けられ、館の男は見えなくなってしまった。
何が何やらと思う傍ら、ここまで来たのだと。
まずは言われた通りにその鍵を照らしながら差し回し、ドアノブを下げて重厚感たっぷりのドアを押す。
すると心構えしていた心臓を掴むみたく、闇から一本のか細い腕が、手が自身に差し出されていた。
「ひっ!」
男は思わず短く悲鳴を上げる。
「そぉんなに驚かなくても」
ふふ、と品のある声が向こうで聞こえ、
「あなたが……?」
「そう。私こそが今宵を貴方様のためだけに舞う蛍ですわ」
手の代わりに、何とか顔を見ようと竹籠を差し出し浮かび上がった女が、舌を小さく出して妖しく笑っていた。
「さぁて。まずは何をして遊びましょうか?」
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