夏の夜の訪問者

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 三田はうだる様な暑さの中、週明けに必要な書類を会社に置き忘れどんよりとした気持ちで人の波に逆らって歩いていた。 「帰り際に社長に話しかけられた時だ」  勝手に『専務』と呼び、可愛がっている地域猫のぶれた写真をプリントアウトさせられた時、持っていた書類をその辺りに置いたまま会社を出てしまったようだ。 「誰もいませんように」  ビルのオーナーの車はすでに無い。会社の車は木下が乗って帰っているはずだ。ほっとして入り口の鍵を開けるとライトが点灯し二階の会社へ続く階段を照らした。鍵を開け、社内へ滑り込むとまだひんやりと涼しくコーヒーの香りもした。少し前まで誰かが残っていたらしい。キッチンを覗くとシンクに直接、使用済みのドリップコーヒーが置かれていた。 「木下さんだな、もう」  ドリップコーヒーをつまみ上げゴミ箱に捨てた。  その時、窓の外でカタンと音がした。 「専務?」  すっかり三田も地域猫をそう呼ぶ癖が付いてしまった。こだわらない性格の寺井専務はそれを黙認していたが、猫は苦手らしくベランダに猫の気配を感じるといつの間にかいなくなっていた。 「気のせいかな。そんな事より」
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