最後の夏の夜①

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最後の夏の夜①

 手狭な部屋に似合わないプロ仕様のパソコンと、液晶モニターが3面、それらを置く頑丈な机と、長時間座っても疲れないという椅子を務所を出てすぐ購入した。それ以外は、布団と適当な衣類しかない。  仕事は、コードを書いている。完全リモートの会社を選んだ。起きている時は、ここで過ごしている。  古いアパートのクーラーが、あまりきかない事にイラつき俺は、窓を開けて涼みながら持っていたタバコに火をつけた。 何処で風鈴の音がする____  玄関でインターホンが鳴った。平日の昼過ぎに、訪ねて来る人なんて誰もいない。宅配も頼んだ覚えもない。首を傾げながら、持っていたタバコを一口吸い灰皿に押し付けた。  もう一度、インターホンが鳴りドア越しに声掛けたが返答がない。ドアスコープを覗いたが、確認出来なかった。俺は、仕方なくドア開け外を確認した。そこに立っていた小柄な女を見て眉間に皺を寄せた。 「お前……」俺は、慌てドアを閉めた。 「ちょっと! せっかく訪ねて来たんだから上げてくれてもいいじゃない!」女がドアを叩きながら言う。 「ここには来るなと言っただろう!」 「なんで? 別にいいじゃない!」 「帰れ!」俺は、ドアを叩き部屋へ戻った。  くそ…… 俺は、机の上に置いてあるタバコを取り一本取り出して咥えた。カチカチと何度かライターを押し、火をつけ煙を吸い込み苛立ちと共に吐き出した。  ※  忘れられない怒りが、過去の記憶へと戻ってしまう。俺は、それを打ち消すように、パソコンのギーボードを叩いた。無意識にタバコへと手がいき、中身がない事に気付き舌打ちをした。  こうして、息をしているだけで腹が減る。正直、腹が満たればなんでもいい。普段、デリバリーを利用するが、いつもあるタバコも切れていた。丁度、案件に一段落が付いた。腹が減ったし何か買いに行くかと立ち上がった。  俺は、机の上にある札を数枚デニムのポケットに突っ込んで玄関に向かった。ドアを開けた勢いで何の音がした。外を見ると先程訪ねて来た女が壁に凭れて座っていた。俺は、その女に声を掛けたが返事がない。面倒だと思いながら女の顔を覗き込んだ。その顔が真っ赤になっていた。俺は、慌て女の顔を軽く触った。  熱い…まさか熱中症…… 「ああ、くそっ」 俺は、女を抱えて部屋に入った。布団に寝かせ取り敢えず、女が着ていたTシャツやデニムを脱がしクーラーを最強に設定し絞ったタオルで顔や身体に冷やしたが埒が明かない。  俺は、急いで近くのコンビニへ走りロック氷やスポーツドリンク、その他諸々を買い家に戻ると、ロック氷の袋ごと女の身体に当てた。  ※ 「ん……暑い…喉…渇いた……」 「目…覚めたか」 俺は、女にスポーツドリンクのペットボトルを差し出した。女は、ありがとうと言いながら身を起こし自分の姿を見て短く悲鳴を上げた。 「……なんだ?」俺は、持っていたタバコを吸った。 「私、女なんだけど?」女は、下着姿の自分を隠すように身体を縮めてからペットボトルの蓋を開け一口飲んだ。 「だからなんだ? 申し訳ないがお前に興味がない」 「酷い…じゃ、なんで助けたの? 放っておけば良かったのに」 「後々、面倒だからだ」    女が無言のままこちらを見ている。俺は、その顔がどことなくこの女の母親を思い出し、眉間に皺寄せタバコの煙を吐いた。  数ヶ月前、女がここに訪ねてきて以来、度々くるようになった。どうやってここの住所を突き止めたのかは知らないが。  最初、誰か分からなかった。それもそうのはず、当時5歳の子供だったんだから____ 「……そう言う割には優しいくない? 私のこと構ってくれるし……」女は、ふふっと笑った。 「勘違いするな。良くなったんならとっとと帰れ」俺は、パソコンのモニターを見ながら淡々と告げるとギーボードを弾いた。 「……分かったからそんな怒らなくてもいいじゃん」女は、服を着て立ち上がった。 「また来てもいい?」 「お前、馬鹿なの? 二度と来るなと言ってるだろう」 「……母さんを思い出すから?」 その言葉に俺は、苛立ちの限界に達し机を力任せに叩いた。女は、その音に驚きしまったという顔をした。 「……な…に? 痛いっ!」 俺は、女の腕を掴んで玄関まで引っ張りドアを開け外へ追い出した。 「二度と来るな!」俺は、音を立ててドア閉め鍵を掛けた。  ドア越しにごめんなさいと小さな声が聞こえたような気がした。
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