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ふと、目を開けるとそこは僕の部屋だった。全身に冷や汗をかいている。パジャマ替わりに来ていたTシャツがびちょびちょになっている。慌ててスマホを手に取って日付を確認する。
夏祭りの日の朝だった。
「……夢か」
大きく。長い。ため息を吐く。何て嫌な夢なんだ。不吉どころか嫌すぎる夢だった。しかもあまりに生々しい。不安になって薫に電話する。すると数コールで薫が出た。
「おはよう。どうしたの? 待ち合わせは今日の夕方だよね? ははーんさては寂しくて私の声が聴きたくて電話をしてきたんだな?」
電話の向こうでにやにやと笑っている薫の顔が見えるような声だった。薫の声を聞いて、心底からほっとする。
「ああ。そうだよ」
「……っ」
僕の素直な言葉に薫が驚いて言葉に詰まる。
「不意打ちは卑怯だよ」
どこか照れたように薫が言う。
「とにかく、今日の待ち合わせは五時だから!」
それだけ言って薫は電話を切った。そうだ。今日は薫と夏祭りに一緒に行く約束をしていたんだった。悪い夢の事を忘れて今日を楽しもう。
駅前の時計の下で待ち合わせをする。薫は青い浴衣を着て現れた。夢と同じように食べ物を買い。射的をして熊のぬいぐるみを取って花火を見た。
あまりに夢と同じだった。まさか、あれは正夢だったのか? そんな馬鹿な事があるわけがない。花火が終わり駅に向かって歩いていると薫が何かに気が付いたように言った。
「あ、落としましたよ」
「薫!」
僕は思わず叫んでいた。薫は手に持って財布を落とした男の人を呼び止めたところだった。
「え?」
薫ががくりと膝を折って地面に倒れる。血が地面に広がる。スマホのシャッター音が響く。フラッシュが薫に浴びせられる。
「うわ。あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
僕は叫びながら薫を背中に担ぐと人ごみをかき分けるように唯のマンションへと走った。これは夢だ。夢だ。夢だ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。
どうして目が覚めないんだ!
唯の部屋の前に来るとインターホンを連打する。返事もわずらわしく。ドアを何度もたたく。扉が開いて唯が顔を出した。
「どうしたの? って薫! 薫!」
薫に駆け寄って何度も声を掛ける。
「救急車呼ばないと!」
唯が部屋の中に駆け込もうとするのを腕を掴んで止める。唯の血でぬるぬるになっている僕の手が唯の腕を掴んだ。
「待ってくれ。これは夢なんだよ。明晰夢なんだ。だから、覚める方法を教えてほしい。さっきから目覚めろって何度も願っているのに。目が覚めないんんだ」
「何を言ってるの? これが夢なわけないじゃない。すぐに救急車を呼ばないと」
「いや、これは夢なんだよ。夢なはずなんだ」
僕が叫びながら言うと、唯は大きく深呼吸をすると言った。そうすると僕の頬を思い切り平手で打った。衝撃と共に頬が熱くなり痛みがやってきた。
「夢なら痛いはずがないでしょう?」
「これは…………夢なんだ」
「ここに新聞がある」
唯は靴箱の上に置かれていた新聞を僕の前に差し出す。
「新聞読めるでしょ? 明晰夢なら、こういう情報が多いものは読めないんだ。ぼんやりとして情報として認識できない」
「………………これは夢なんだ。夢じゃないと駄目なんだ」
僕は壊れたラジカセの様に繰り返す。
「なら、そこから飛び降りてみたら? 明晰夢ならあなたが死ねば目が覚めるよ」
呆れた様に唯が言う。
「そんな事できないでしょう? だから、離して。すぐに救急車を呼ばないと」
「そうか。なるほど」
僕は唯の手を離し、薫をそっと壁に預けると、マンションの廊下の手すりに足を掛ける。
「冬弥くんっ!」
唯が焦った様に声を掛けてくるが、僕は自分の体を空中へと投げた。
ふと、目が覚めると。そこはやっぱり僕の部屋だった。スマホを取り出し日付を確認する。夏祭りの日の朝だった。
「やっぱり。夢だった」
大きな安堵のため息を吐く。何度この悪夢を見るのだろう。自分の両手をじっと見つめる。一体何なんだ。これは。
直後、スマホが突然着信した。体がビクリと跳ねる。画面を見ると薫からだった。スマホを手に取り通話を開始する。
「おはよー。私の声聞きたかったでしょ? だから連絡してみたよー」
「そうだね。薫の声が聴きたかったよ」
「……っ!?」
僕の素直な言葉に薫が驚いて言葉に詰まる。
「不意打ちは卑怯だよ」
どこか照れたように薫が言う。
「とにかく、今日の待ち合わせは五時だから!」
それだけ言って薫は電話を切った。これは夢……? それとも現実? 僕はぼんやりとした頭でそんな事ばかり考えていた。
夕方にはやはり時計の下で待ち合わせをした。今回は薫は緑の浴衣を着ていた。二人で河川敷に向かい、屋台で食べ物を買って。射的をして。花火を見た。
きっとこの後、財布を拾うのだろう。僕はまるでテレビの画面を見ているような気持ちでいた。まったく同じ展開だった
きっとこれも明晰夢なんだろう。僕は人ごとの様に思っていた。
「あ、落としましたよ」
想像していた通りに薫が聞きなれた言葉を言った。薫は男の人に駆け寄っていった瞬間。僕は薫を突き飛ばしていた。
夢だからって薫を死なせるわけにはいかないんだ!
ズブリ。と体の中に鈍い刃物が入り込んでくる感覚がある。熱い。そう思った直後に激痛が襲ってくる。
僕は立っていることすらできずに道路に倒れ伏した。
「冬弥!」
薫の悲鳴のような声が聞こえる。薫が駆け寄ってきて僕を抱き上げる。
「冬弥! 冬弥! 冬弥!」
薫が泣き叫びなっがら僕の名前を何度も呼ぶ。そんなに泣かないで。これは夢なんだから。心配することないよ。
僕はそう伝えたかったが口が上手く動かない手をそっと持ち上げて薫の頬に触れようとする。腕が重い。腕はこんなに重いものだっただろうか。
薫が僕の腕を取る。涙が僕の腕に無数に落ちた。シャッターの光がまぶしい。音が煩い。
「お前ら。どけ! 写真撮ってるなんて頭おかしんじゃないの! そんなことをする暇があるなら救急車を呼んでくれ」
誰かが僕の側に近づいてくる。唯だった。唯がどうしてここに。
「唯! 唯! 助けて!」
「今、救急車を呼んだから。私にも見せて」
唯が倒れている僕の顔を覗き込むようにする。顔を両手で抑えると唯の長い髪が僕の顔を覆い隠した。唯。心配かけてごめん。でも大丈夫だよ。
これは夢なんだから。
「夢じゃないよ」
髪の毛の中。唯はまっすぐに僕を見つめて言う。
「これは明晰夢なんかじゃなく、現実だよ。だって痛いでしょ?」
唯が僕の脇腹をそっと触る。激痛にうめき声が漏れる。
「ああ。痛みのある明晰夢もみたことがあるのかな? もしかして、夢の中で死んだら明晰夢から覚める事も知っているのかな?」
唯が無表情に言う。
「確かに明晰夢で死んだら目が覚める事が多いけど。でも、本当にこれは明晰夢かな? 死んだらこのまま終わりかもしれないよ?」
「これは夢だよ」
かすれる声で僕は言う。
「現実だよ。繰り返して同じ夢をみているのかな。なら、いつもと違う事はなかったかな。行動や言動じゃなく。明確に違ったもの」
僕は視線をわずかに動かす。髪の毛の隙間から緑の浴衣が見えた。背筋がゾッと冷たくなる。
「心当たりがあるみたいだね。それが現実だという証拠だよ。これは夢じゃない」
「これは夢だよ」
「まだ言うんだ。存外諦めが悪いんだね」
「これは夢なんだ」
「私は君を××したかったんだ。だから、こんな周りくどいことをした。まんまと君は騙されたということだよ」
「これは 夢」
「違う」
「これは夢だ」
「しつこいな。違うと言ってるだろ」
「夢だ」
「本当に、本気でそう思っているのか」
「これは夢だ!」
「そうだよ。よく分かったね」
目が覚めた。
全身から汗が噴き出している。ベットの上でスマホが震えていた。
薫からだ。
「もしもし?」
「おはようー。今日を楽しみにしてたかな? 私は楽しみにしてたよー。えへへ」
僕は震える声で聞いた。
「唯のことなんだけど」
「唯って誰のこと?」
僕は大きく。大きく。ため息を吐きだした。
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