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結論から言うと、お巡りさんにも先輩は見えなかった。
大丈夫です、ちょっと暑かったのでつい、と苦しい言い訳をする。
ほどほどにね、と注意を受けて穏便に終わった。
「妹よ、ちょっと先に帰ってろ」
「え、無理だし」
そうだった、と格好をつけることを諦めた俺は、ぼろぼろの浴衣姿の先輩と、ちょっと引き気味の妹と一緒にコンビニへ向かい、家に帰った。その間、誰も先輩の姿を目に留めなかった。
父や母にも先輩は見えないようで、どちらかというと、挙動不審な俺を生暖かい目で見ている。
なんでもないから、と誤魔化しつつ、先輩を部屋に招き入れた。
暑い。
クーラーをつけると、ぶわあっと唸りをあげて部屋を冷やしはじめた。扇風機もつける。部屋の中央でぽつねんとたたずむ先輩の遅れ毛がゆれている。
ついに先輩が俺の部屋に! と心躍るアホな気持ちが半分、半透明の姿に混乱する気持ちが半分。
「えーと、なんで透けちゃったんですか」
この聞き方で正しいのかどうか、よくわからない。でも、聞くしかない。
目の縁を真っ赤に染めた先輩が、ぽつぽつと語り出した。
お祭りの神社には、出入り口が複数ある。待ち合わせ場所と反対方向から入った先輩は、なぜか、迷子になってしまったらしい。神社の外へ出ようと、山道の石段を上った。上がって、上がって、いつのまにか別の祭り会場へ辿りついていたという。
「会場から全然抜け出せなくて。そのうち、誰かが櫓から飛び降りてきて」
飛び降りた誰かは、先輩に近寄ってきた。周囲が良く見えない中、その人だけが闇に浮かび上がっている。
──きみをもらうね
言葉と同時に、肩を叩かれる。
次の瞬間、なぜか、目の前に、自分自身が立っていた。
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