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促されるまま、ハンカチを敷いて夜の河原に座り込む。
薄布程度では尻に当たる石の凸凹はごまかせない。けれどヒールでいつまでも立っているのも辛いから、座る。
「なんで私に声なんかかけてくれたの?」
今更ながら確認する。悪意とか邪念が感じられない不思議な青年だけど、それは確認しておきたい。
なんで私なんかに。
「他人とは思えなかったから」
その言葉にとてもいけないことをしている気分になって、高揚と自己嫌悪が同時に襲ってくる。
「な、なんで?」
「僕もお祭りで遊べないからね」
「じゃあお面とか綿飴はなんなの?」
いかにも「お祭りで買いました!」みたいなアイテムの数々について突っ込むと、青年は口を閉じた。
美しい横顔に混じる憂いの色は、青年の持つ不可思議な色気を引き立てる。
「それより、さ。終わってる祭りにわざわざ景色だけ見に来るって、なんで?」
矛先を逸らしたいという思いをひしひしと感じる。
それが、追求したいという欲求、しなければというわずかな警戒心を、浜辺に寄せる波のように綺麗に浚っていく。
声が、寂しすぎたから。
「……なんでだろ」
とはいえ夫と気まずくなってポスターがなんとなく目についたから来ちゃいましたなんて正直には言えない。年上としての見栄はまだ残っている。
「なんか柚奈さんって、名前以外自分のこと全然言ってくれないね」
「柚奈さん」という呼ばれ方にドキッとする。出会った頃の拓也と同じ呼び方だ。
「お互い様、でしょ。っていうか君なんて名前すら教えてくれないし」
この美青年も何か言いたくない、言いづらいことから逃げてきたんだろうかとぼんやり思う。
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