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「あ、ご、ごめん!」
勢いよく立ち上がって頭を下げる。
「……変なの」
彼が口の端をわずかにつり上げて、クスリと笑う。
「いいんだ、仕方のないことだから」
諦観の入った、悲しさのある声だった。
「柚奈さんはここらへんの人じゃないんでしょ? 早く帰った方が良いよ」
穏やかな、見守るような、優しい声だった。
けれどどこか痛々しくて、涙声のようにも思えた。
だから――。
「柚奈さ……っ!」
私はしゃがんで、眉間の皺にキスをしてしまった。
「おば……お姉さんのキスで元気出るかはわかんないけど、私は、君のことちょっとイイって思ったから」
だから、浮気者になる前に。汚れてしまったハンカチを拾い上げて。
「じゃあね!」
ヒールのある靴で立つには河原は不安定だ。柔らかく平べったいビーチサンダルの偉大さを思い知る。
カツカツと音を響かせて石の上を歩く。コンクリートの道に辿り着くには草の斜面も踏みしめなければならない。ヒールはファッションであり、歩くためのものじゃない。本当にその通りだ。
彼は追いすがっても来なかったし、泣き声も独り言も私の耳には届かなかった。
だから簡単に振り返りたくはない。貰った綿飴の袋を抱く。抱く――。
……綿飴の袋、どこに行った?
反射的に振り返る。あるのは石だらけの河原と、川の流れる音と、彼がいたはずの場所を漂う蛍の光だけだった。
「あれ、まぁ……」
物語のおばあちゃんのような、冗談みたいな言葉が私の口をついた。
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