今はただ、背中を預けるだけでいい

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 美幸ちゃんは案外けろりとしていて、腕に関しては特に気にしてないみたいだった。前回振り払った時のような雰囲気もなく、ただただ淡々としていた。  ……僕が言うのも何だが、もっと自分を大切にしてほしい。と、思った。  今、美幸ちゃんは心ここに在らずといった様子でぼんやりと床を眺めている。  いっぱいいっぱい。逃げ出したい。そんな感情が見て取れた気がした。  きっと「ひとり」になりたい。今日はごちゃごちゃと情報が多すぎて、整理する時間も欲しいだろう。 「僕、そろそろおいとまするね」  そう言って立ち上がると、 「待っ──」  ──え?  何が何やら、じぶんがした行動のくせにまったく理解できなかった。状況も意味がわからない。なんで、わたしは先輩のシャツを握っているのだろう。  たった今までって思ってたはずでしょう──!?  両者ともに困惑の表情で、もちろん沈黙で部屋はしん、と静まり返っている。  先に口を開いたのはわたしだった。 「ごはん……食べていきませんか?」 「いただきます」  なぜこうなったのか誰にもわからない。食卓に並んだ2人分の夕食を見て、そう思った。  秋刀魚の塩焼きをつつきながら、状況を整理する。    3日前に知り合って、失礼をしたり何やかんやで、今日先輩はその件の話の(多分)途中で車に水をかけられた。たまたまわたしの家が近かったので(うち)でお詫びも兼ねて服を乾かしていたら、都合の悪い電話がかかってきて。ぶちギレたわたしの癇癪(かんしゃく)──を、ぶつけてしまった。そしてなぜか愛の告白からのご帰宅を引き止めて──今、目の前で食卓を囲んでいる。  ──いや、わからん。  要約すると? 客観的にみると? よく知らん男の人を家に連れ込んで八つ当たりして、告られた(こく)。  ……っ……全っ然わからん……。  わたしもわたしだけど、先輩も先輩だ。なぜそうなった? 「……秋刀魚苦手なの?」 「え?」  先輩が心配そうな顔で苦笑して、首を傾げている。 「いや、さっきから食べてないから」 「あ、いや、別に秋刀魚は好きですよ。少し……考えご──」 「さっきのこと?」  ビクッと思わず肩が跳ねた。  わたしのバカ。バカ正直。    そんなわたしを見て、先輩は少し間を置いて 「……まだ雨が酷いから、ね」  と、照れくさそうに笑った。
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