今はただ、背中を預けるだけでいい

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 ──苦しい‼︎  誰かが馬乗りになっていて、もがくにも上手くもがけない。ただ地団駄を踏むように足をバタつかせて、首を絞めている人物の腕を掻きむしることしかできなかった。 「痛ってえなあ!!」  それが功を奏したのか悪かったのか、離れた手は拳に変わってわたしの頬をえぐるように殴った。首絞めから解放されて、咳き込んだ直後のそれは相当効いた。  その人は何度も何度もわたしを殴ったけれど、わたしは痛みより先に、「なぜ自分は意味もわからず殴られているのか」と、いう疑問が勝ってしまった。 「誰、ですか」  相手の手の止まったタイミングで聞いてみた。 「……あんたがいけないのよ」  女の人の声だった。  目を凝らすと胸の辺りには3年生の校章をつけているように見えた。 「あたしのモノに手を出すからいけないのよ!」  ぼんやりとした頭でもすぐ察することができた。 「藤崎先輩の……彼女さんとか、ですか?」  その質問は、なぜかは知らないけれど地雷だったらしい。拳がもう一度振りかぶられた。  思わずぎゅっと目をつむった。 「……っ何してるの!?」  聞こえた声に、薄らと目を開ける。 「ふじさき……先輩」  先輩は泣きそうな顔でわたしを見た後、馬乗りになっている人を床へ引きずり下ろした。 「なに考えてるの!? 柚音ちゃん!?」  柚音ちゃんと呼ばれた先輩は、何事もなかったようにさらりと言い放った。 「たまたま保健室に入っていくとこが見えたから」  屈託のないその笑顔に恐怖した。藤崎先輩も(おのの)き、顔を引きつらせている。 「ゆうすけがこんなブスと最近仲良くしてるとかさ、あたし耐えられないんだよね。あたしの方が全っ然可愛いのにぃ」  藤崎先輩とわたしが唖然としている中、柚音先輩はわたしを見て嘲笑(ちょうしょう)する。 「調子に乗ってんじゃねえよ。『幽霊』が」  ぷつん、と何かが切れる音がした、のも束の間──。  ドゴンッッッ!! と、大きな音がした。そちらを見ると、ベッドの柵に大きな拳があって、そしてその柵は歪んでいた。ああ、殴ったんだな。と、ちょっと他人事に思った。 「散々色々と見逃してきたけど、こればっかりは絶対に許さない」  ボソリと、「元カノだろうが関係ない」と聞こえた。  ……人を殺しそうな目だった。  どっかで見た目だな。と考えて、わたしはすぐに、そういえば「お母さん」もこんな目をしていた──と、思い出した。
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