今はただ、背中を預けるだけでいい

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「はーい。なあに?」  ……ああ、この人か。と、すぐに察した。  やってきた藤崎佑助という人物は、学校では有名人だ。通称「王子」。多分この学校で1番のモテ男で、風の噂では、この人を見ると女の子はみんな彼に一度は必ず恋をするという。  穏やかな声で、爽やかな見た目で──。たしかに、みんな一度は憧れたことがあるだろう童話の中の王子様……といった印象だった。  藤崎先輩が微笑し首を傾けると、緩く束ねた金髪がふわりと揺れた。 「あ。もしかして届けてくれた感じ? ありがと。探してたんだよね」 「ならよかったです」  受け渡しが終わったことを確認して、わたしは速やかに(きびす)を返した。 「じゃあ、失礼します」  数歩歩いたところで、先ほど藤崎先輩を派手に呼んでくれた先輩がわたしに耳打ちした。 「あいつ、ああ見えてだからやめといた方がいいよ」 「はあ……?」  階段を降りながらわたしは独りごちた。 「こっちから願いさげですよ」  あんな、うさんくさい人──。  しっかりとしわが伸ばされた進路表に思わず頬が緩んだ。 「お前、もう新しいのもらってなかったっけ?」  ヘアピンをつけ終え、やっと髪型がきまったらしい(けい)が手鏡をしまってこちらに振り向いた。 「もらってるよ」 「やっぱり。あーあ。まぁた犠牲者が増えるなー」 「なにそれ」  思わず噴き出した。けれど、からかわれる理由はちゃんとわかっている。  昔から、女の子はみんな僕のことを「王子様」のようだと、憧れや好意的な視線を向ける。  僕の中身は、ごく一般的なただの男子高校生だ。王子様でもなんでもない。それでも女の子の王子様フィルターとはすごいもので、僕のあだ名は「王子」だ。めちゃくちゃダサい。正直迷惑だ。  ……でもあの子の反応は新鮮だった。  警戒心剥き出しのくせに、居づらそうに縮こまって。作ったような無表情で、冷たくうろんげに僕を見る。  わざわざあんなになってまで届けにこなくても、職員室に持ち込むなり、テキトーな先生に渡すなりすればいいのに。  いじらしいなあ──。  自然と笑みがこぼれる。 「名前聞くの、忘れちゃったなあ」
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