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……わたしの悪いことは昔からずっと立て続けに起きやすい。
帰り際だった。自販機に小銭を投入した時、背後から声がした。
「あ。また会ったね」
もう関わることなどないと思っていたのに……。今にもため息をついてしまいそうだ。
藤崎先輩はなんでもないように、例のうさんくさい笑みを浮かべる。
「……どうも」と、それに対してわたしは平静を装いながら、会釈を返した。しかし、藤崎先輩はそんなわたしとは真逆に心底楽しそうに笑う。
なんだか気味が悪い。さっさと帰りたい。
ボタンに手を伸ばした時──既にゴトンと下から音がしていた。
「これでよかったよね?」
差し出されたそれは、たった今わたしが買おうとしていた飲料水だった。
わたしは悟った。
この人は察しがいいというか、「人をよく見ているタイプの人間」なのだ。
わたしが1番苦手……な、タイプの人間だ──。
「……はい。ありがとうございます」
「それじゃあ」と、身を翻すと「待って待って」と藤崎先輩の手が肩に触れた。
「……っ触らないで!」
バシッという音で、ふと我に返った。そしてじわじわと自分が何をしたか自覚した。
──やってしまった。
思わず、振り払ってしまった。突然のことだったから……なんて言い訳だ。どうしよう。
水を打ったような沈黙の後。不意に藤崎先輩が「ごめん」と頭を下げた。
「そうだよね。急に触られたら嫌だよね。ごめんね」
わたしは言葉が出なかった。
なんでこの人はわたしに謝ってるんだろう? ……やめてよ。って。ソレはわたしの……1番嫌いな人がすることなんだから──って。
そればかりが頭を埋め尽くしていた。
家に帰るなり、スマホが振動した。着信だ。画面を見て顔をしかめながらも、そっと耳に添える。
「もしもし。元気にやってるか?」
──父だ。
浮気して、今も不倫継続中。不倫相手に言われるがまま、わたしをこの部屋に放り込んだ張本人。
「……問題ないよ」
絶対に忘れられない日になったひと月前。
引っ越し前に見た不倫相手の顔。そして──その隣でへこへこと、うさんくさい笑顔で「すまんな」なんて、一欠片の気持ちもこもってない謝罪を述べながらわたしの肩を叩く父。
「そうか。それならよかった」
そうだね。都合がいいね。なんて、胸裏で毒づいた。
「少しだけど仕送りをしたから、後日口座を確認してくれ」
……不倫相手になにかお金を使ったんだろう。後ろめたさからか、この人はこういうことをする。
きっとこの後──と、思った途端に着信が入った。ほらね。と、お決まりの展開に頭が痛くなる。
「電話きたから切るね」
返事を待たずに通話を切り、すぐに折り返しの電話をかける。
「もしもし美幸? あなたあの人から──」
けたたましく捲し立てる母──。
不倫継続中なんてとっくにバレている。だからこうして、わたしにしわ寄せがくるのだ。
ほんと、嫌い。……大嫌い。
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