今はただ、背中を預けるだけでいい

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「『王子』って呼ばれるの、嫌なんですか?」  心を見透かしたようなその一言に、僕は頷くしかなかった。 「あだ名って、迷惑ですよね」  ため息混じりのその言葉は憂いと諦観(ていかん)を帯びていた。  ふと『幽霊ちゃん』という単語が頭をよぎって、そうだよね。と、勝手に納得した。  圭から聞いたあの後。教室でだべってる時に何気なく話題をふったら、湯水のように彼女の噂は湧いていて、すぐに内容は知れた。  ネーミングセンスで、なんとなくわかってはいたけど、やっぱり典型的ないじめだった。  いじめてるメンバーの中に、僕にアプローチをかけてきている子が混ざっていると聞いて思わず吐き気がした。  当然のように、どうにかしてあげたい、という気持ちはあった。けれど自分が関わることでいじめが助長されることは火を見るよりも明らかだ。  何もできないのが歯痒くて仕方がなかった。    不意に、彼女のスマホが震えた。一瞬見えた画面には「お父さん」と表示されていた。  美幸──ちゃん……は、ビクリと肩を震わせ、ぎこちない手つきでスマホを手に取った。 「もしもし」  それは雨音にかき消されそうなくらい静かで、冷たくて、無機質な声だった──。
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