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(叔父さんはこの地震が荒御霊を鎮められていないせいだと言っていたわよね? じゃあ、竜輝様はまた龍に近付いてしまう⁉)
そのことに思い至った途端、梓は弾かれた様にドアノブに手をかけ部屋に入る。
「竜輝様!」
龍になって、自分の側からいなくなってしまう。
愛されなくても、憎まれてもかまわないと思った。でも、彼がいなくなってしまうことだけは絶対に受け入れることは出来ない。
その思いだけで床に倒れ込む竜輝の側に行く。膝をつき、彼の手を取った。
だが、昼とは違い地の揺れも竜輝の苦しみもすぐには治まらない。
「竜輝様……」
焦りが募り声が震える。
そんな梓に、同じく膝をつき竜輝の体を支えていた砂羽がいつもより低い声で話した。
「梓殿、もう悠長なことはしていられません。手で触れるだけでは意味がないことはもう理解していますね?」
「え? は、はい」
「では、私はドアの外にいますから竜輝様の霊鎮めをお願いします」
早口でそう告げた砂羽は梓の返事を聞くことなく部屋を出て行く。
その様子に彼も焦っているのだと気付いた。
(ということは、このままでは本当に竜輝様は龍に?)
本当に猶予がないのだと知り、梓は躊躇いを捨てた。
スーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩める。ワイシャツのボタンを外して、胸元を晒した。
さらしは流石に外している時間はない。
とにかく肌を合わせなければと、竜輝の頬を自分の鎖骨に当てるように抱き込んだ。
白金の髪が汗を吸ってしっとり濡れている。
邪魔そうな前髪を指先で寄せ、そのまま彼の反対の頬を手のひらで包む。
少しざらつく鱗に触れ、これ以上増えないでと願った。
「竜輝様……」
まだ苦し気な竜輝は眉間にしわを寄せ目を閉じている。
鱗は増えてはいないが、減ってもいない。
「龍になってしまわないで……」
声が届いているのかも分からないが、とにかく願い、肌に触れた。
そうして彼の頭を抱き続けてると、いつものように梓の熱が竜輝に移る。
(……ううん、違う。これは私の熱が竜輝様に移っているんじゃない)
いつもより広範囲で肌を触れ合わせているからだろうか?
自分の身に何が起こっているのか、よく分かった。
梓の熱が竜輝に移るのではない。
彼の中にある御霊の澄んだ神気が自分に移っているのだ。
ひんやりとした神気が、巫の身に入り込み大地へ――人の世へと満ちていく。
そうか、これが神和ぎの力。そのお役目なのだ。
竜輝の御霊の神気を感じたことで、霊鎮めが上手く出来ている事を確信した梓は幾分落ち着きを取り戻した。
気付けば地震もいつの間にか収まっている。
竜輝も苦し気なうめき声が無くなり、眉間のしわも消えた。そしてゆっくりと瞼が上がった。
「……梓?」
名を呼ばれ、梓は泣きそうになりながらも笑みを浮かべる。
髪の色も、目の色も戻ってはいない。
顔にある鱗とて、減っている様には見えない。
だが増えてもいない事で一先ずは彼が龍となることを止められたのだと知る。
その安堵に、梓は心からの喜びを口にする。
「竜輝様……良かった」
嬉しさに、胸にある彼の頭をぎゅうっと抱きしめた。
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