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「俺は……お前に嫌われてしまったのではないかと思った……」
「え?」
思ってもいない言葉に視線を戻すと、形の良い竜輝の眉尻が下がっていた。
「俺に婚約者が決められた途端会えなくなった。毎年自室に誘って話をするような間柄だったのに他に親しい女がいたのかと……不実な男だと思われて嫌われたのかと……」
まさかそのように思われていたのかと驚く。
婚約者が決まったと聞いたときは、やはり自分への優しさは誰にでも向けられるものだったのかと落ち込みはした。
だが、不実だと思ったわけではなかったし、竜輝を嫌うなどということになるわけがない。
「そんな……竜輝様を嫌うなんてこと、ある訳ないです。だって、私は……」
そのまま想いを口に出しそうになって止まる。
言ってもいいことなのか……。伝えれば彼の負担になるのではないか。
伝えなければ、自分を巫として娶ってもお役目だからと割り切ることも出来るだろう。
だが、言ってしまえばこの優しい主は無理をしてでも寄り添おうとしてしまうのではないかと悩む。
やはり気持ちは押し殺して話を進めた方がいいのかも知れないと考えていると、竜輝は手を伸ばし梓の髪を撫でた。
「……そうか、嫌われたわけではなかったのだな」
嬉し気に細められた目に胸が締め付けられる。
この眼差しを……この優しさを自分以外にも向けているのかと思うと嫉妬が胸に広がり苦しくなる。
押し殺そうと思ったばかりだというのに、すでに殺しきれない想いが溢れてしまっていた。
溢れるままに言葉にして伝えたくなって、喉の奥で押し留める。
そうして苦しんでいると、竜輝の優しい眼差しの奥に揺らめく炎が見えた気がした。
「……ああ、やはり隠し通すなど無理な話だったのだな……」
独り言のように呟く竜輝に梓は目を瞬かせる。彼は何のことを言っているのだろうか、と。
「梓」
「はい」
髪から手を離し、また改めて真っ直ぐに真剣な眼差しを向けてくる竜輝。そんな彼に呼ばれた梓も、真面目な話を聞くように姿勢を正した。
「俺は、お前を望む」
主からの言葉を聞き洩らさないようにと身構えていた梓だったが、告げられた言葉に数秒思考が停止する。
(私を……望む?)
「……えっと……それはどのような意味で……?」
言葉からして求められているのは分かるが、停止した頭では理解が追いつかない。
そんな梓に竜輝は真面目な顔を緩め微笑むと、もっと直球で伝えた。
「梓、俺はお前が好きだ。だから俺の妻になってくれ」
「つ、ま……?」
直球に告げられても、すぐに理解出来なかった。
(つまって……妻? 竜輝様の、お嫁さん……?)
ゆっくり頭の中で繰り返し、求婚されたのだとやっと気づく。
確かに自分は巫として竜輝の花嫁になろうと決めた。
だがそれは愛されない花嫁。お役目の為だけの妻だ。
なのに竜輝は自分を愛し気に見て好きだと言った。好きだから妻になってほしい、と。
純粋に嬉しいと感じるが、疑問は尽きない。
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