暗躍する者

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「とにかくお二人は想いを通わせることが出来た様ですので、このまま梓殿を花嫁として迎える準備を進めさせていただきます」 「ああ……よろしく頼む」  説教が終わり、今後の話になったことで竜輝もホッとした様子で砂羽に全てを任せた。   「というわけなので、梓殿には早急に巫としての役割を果たしていただきます」 「え? あ、はい」  冷たくも見える砂羽の視線が自分に戻って来て、梓は深く考えもせず了承の返事をする。 「竜輝様がこの状態では他の四龍からの苦情も治まらず大変なのです。丁度ここは竜輝様の寝室ですし、このままお勤めをしてください」 「え……?」  寝室でお勤めと聞き真っ先に何故? と思う。だがすぐに意味を理解して梓は顔を赤らめるのを止める事が出来なかった。 「それでは私は失礼致します」  砂羽は梓の反応など気にも留めず、すぐに部屋を出て行く。  バタン、とドアが閉められるとなんとも気まずい雰囲気が漂った。 (ど、どどどどうすれば⁉ 駄目、恥ずかしすぎて竜輝様の顔を見れない……)  頬を紅潮させたまま固まる梓だったが、いつまでもそうしているわけにはいかない。混乱しそうになる思考をなんとか巡らせた。  自分は竜輝の花嫁となるのだし、口づけは先程もしたのだ。  ほんの少し、想定より早く彼の妻となるだけ。 (そうよ。それに、早く竜輝様を元のお姿に戻して差し上げないと)  霊鎮めをして龍に近付いてしまった竜輝を戻さなくてはならない。  それは神和ぎとしてのお役目でもある。 (そう、お役目よ。恥ずかしいとか言っている場合ではないわ) 「……梓?」 「ひゃい!」  お役目だと割り切って恥じらいを抑え込もうと決意したのだが、竜輝に呼ばれただけでその決意は脆くも崩れ去る。 (変な声出ちゃった……)  流石に呆れただろうかと思い、そろりと竜輝の顔を見ると軽く驚いた顔があった。  その淡い緑の目が優しく細められ、伸ばされた手が梓の焦げ茶の髪を撫でる。 「砂羽の言ったことは気にするな。今日はお前が俺の求婚を受けてくれただけで満足だ。それ以上のことはまた次で良い」  優しく、なだめる様に撫でる竜輝の手が心地よくて梓は心を落ち着かせることが出来た。 「……ですが、お姿を早く戻しませんと……」  竜輝が自分を気遣って、お役目はまた後日で良いと言っていると分かっている。  本当は砂羽の言う通り、早く荒御霊を完全に鎮めた方がいいということも。  それでも竜輝は梓の心の準備が出来るのを待つつもりなのだろう。  そんな優しい竜輝だからこそ、梓は心を決めた。 「……竜輝様」 「ん?」  髪を撫でてくれている手を取って、両手でそれを包むとひんやりとした彼の神気を感じる。  溢れてしまっているこの神気をこの身に受けて、人の世に巡らせるのが神和ぎの――自分の役目だ。 「お役目を……霊鎮めをさせてください」 「っ」  梓の言葉に息を呑み驚いた竜輝は、その瞳に欲の炎をちらつかせる。 「素肌を……合わせるのだぞ?」 「はい」 「俺はお前を好いていると伝えた。そんなお前と肌を合わせて、何もしないなどということは無理な話だぞ?」 「……はい」  幾度も確認してくる竜輝に梓はただ「はい」と答える。  肌を合わせなければ霊鎮めが出来ない巫。男女が肌を合わせるということがどういうことなのか……分からないほど梓は子供でも初心(うぶ)でもない。  そういう行為につながるからこそ、巫は花嫁として仕えるのだ。 「竜輝様」  包んでいた彼の手に頬を寄せ、愛しいその名を呼ぶ。  微笑み、自分の夫となる方を真っ直ぐに見た。 「私を……あなたの妻にしてください」 「っ! 梓っ!」  胸が高鳴り、熱く火照った梓の体を竜輝は強く抱いた。  そうして、梓は愛しい人の腕の中で神和ぎとしての務めを果たし――彼の妻となった……。
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