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入社後に
意気揚々と入社式に出席した雪那。
ところが配属されたのは女性だけの職場だった。何年か前、女子の組み立て班が話題になった。
そこでこの会社もそれにあやかろうとして去年やっと発足出来たのだ。実はそのための女子正社員募集だったのだ。
最初から調子を狂わされ雪那。
この先どうなるのか不安でたまらなくなった。
「あれっ雪那?」
工場見学の途中で声を掛けられた。
中学で二コ上の先輩、憧れていた山下智希(やましともき)だった。
まさか同じ職場で又逢えるなんて!
雪那は思わずニッコリ。
「あれっお前太った?」
智希は悪びれなく言う。
一斉に視線が雪那に向く。
自分の発言のまずさに流石の智希も気付いたようだった。
「だって最初会った時、ガリガリだったもんな」
だから言い訳を続けた。
でもそれがかえって雪那にとっては仇となったようだった。
「前はガリガリ!? 一体いつこんなにぽっちゃりになったの?」
それから暫くは、この話題で持ちきりだった。
(そう言われてみれば、最近体が重い気がする)
一体何時から?
思い当たるのはあれしかなかった。
(きっとそうだ。私がこんな体型になったのは、卒業旅行で羽目を外して食べまくったせいだ)
勿論、自分が悪いと分かってる。
でも何も太ったとか言わなくても。
雪那は智希の顔を思い出してみた。
屈託のない笑顔。
歯に絹を着せぬ物言い。
全てが智希の魅力だった。
(やだ私。先輩の事まだ好きみたい)
雪那は赤面しながら新人研修に遂行した。
「さっきはごめん」
社員食堂で智希が雪那を見つけて隣に座った。
「ここも、派遣切りの後に色々とあったみたいなんだ。正社員で入社出来たなんて雪那、本当にラッキーだったね」
「子供の頃そんなニュース見てました。自動車業界って大変だったみたいですね。実は私も内定取り消しにならないかと今朝までヒヤヒヤしていました」
「来たら、新入社員はいらない。なんて言われたら立ち直れないな。ま、頑張れ雪那」
智希は軽く雪那の肩にタッチして席を離れた。
雪那は一緒に食べてくれる事を期待していた。
少しがっかりしながら、智希の移動先を目で追った。
(そうよ。やっと決まった内定が取り消しにならないかヒヤヒヤしていたの。それがストレスになって羽目を外したの。そうよ。だから太ったの)
雪那は溜め息をついた。
(違った……。そうだよね。ただ単なる食べ過ぎだっただけだよね。だって……。就職が決まって本当に嬉しかったんだもん)
雪那は、智希に言い訳したくなっている自分に気付いてはにかんでいた。
(先輩、冗談だと言って。エイプリルフールだって言って)
そう……
この日は奇しくも又エイプリルフールだったのだ。
雪那は自分の体型が何だか気になり、恐る恐るヘルスメーターに乗ってみた。
そこには初めて目にする、五十ロ代の数字が。
(うぇー。だから……?)
雪那はがっかりしながら、ウエスト部分に手をもっていった。
――ビクッ!!
雪那は唖然とした。
ウエストの贅肉が指でつまめたからだった。
(ヤバい! あの時智希先輩の指摘がなかったら? もしかしたらずっとそのまんま……)
そう思うと、何だかとても恥ずかしくなっていた。
(うぇーん。パパの言うこと聞いていたからこうなったんだ)
今度は匡のせいにした。雪那の言う通り匡の言葉を初音が受け、栄養価のある物を与え続けていたのだ。
雪那のぽっちゃり体型は、智希の知らない女子高時代に養われていたのだった。
「ダイエットしないと駄目かな? よし是が非でも『お前痩せたな』と智希先輩に言わせてやる。そのためにもダイエット頑張ろう」
でもそうするためには越えなければいけない難問があった。
それは匡と初音を説得することだった。
ダイエットは、時間とお金がかかる。ソッコー効いて安上がりのはないかと図書館に行ってみた。
まさか、ダイエットの本どこですかなんて恥ずかしくて聞けない。
だから手当たり次第本棚を調べて行った。
「何々一週間で三キロ痩せるだと。おっ、こっちは五キロ」
やっとの思いで見つけ出した本を、とりあえず二冊選んだ雪那。
太った事で悩んでいると知られるのがいやだったので、別な本も二、三冊見繕い、貸し出しカウンターに持っていった。
その中の一冊に脳を活性化させる本もあった。
アセチルコリンを増やすためにコリンを食べる?
何のことだか解らずちんぷんかんぷん。
大豆レシチンは肝臓でコリンに合成されます。
アルツハイマー病の予防にも良いそうだと書いてあった。
(うーん。やっぱり解んない)
雪那は即行に本を閉じて、ダイエットの本にかじり付いた。
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