同棲中

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同棲中

 「あんた何か痩せたんじゃない?」 組み立て班の先輩が、声を掛けてきた。 「えっ、分かります?」 思わず雪那は手を止める。でも失敗したと思った。ダイエットをして痩せたことを認めたことになるからだ。雪那は急に恥ずかしくなった。 「ホラ、手を止めないで聞く」 でも先輩は手厳しい。雪那は慌てて作業台に向かった。 「もしかしたら恋してる? あの『太った?』って」 「いいえ違います」 雪那は思わず否定した。 (はいそうです) って、言いたい。 でもそんなこと恥ずかしくて言える筈がなかった。 「それなら良かった」 先輩は思いもよらないことを言った。 (えっ!?) それって何? と思いつつ、雪那は聞き耳を立てた。 「もし、あの『あれっ、雪那太った?』って言った人ならダメよ。ここのリーダーのカレシなんだって。同棲してんの」 小さい声でぼっそと言う先輩。 「同棲? リーダーと?」 その言葉を確かめるように、雪那は繰り返した。 先輩は頷いた。  ショックだった。仕事など手に付く筈がない。 それでも平然と仕事をしなけはればならない。 雪那は気持ちを切り換えようと頭を振った。 仕事に集中しようと懸命だった。 雪那は本当に真面目な社員だったのだ。 配属された組み立て班の仕事は覚えることも多いし失敗は許されない。もし一つでも部品が余ったら、その車は欠陥車となるからだ。  雪那はヤケになった。 ダイエットを成功させたのは、智希に『痩せた?』と言わせるためだった。 いえ、本当の目的は……『俺と付き合ってくれ』って言わたかったのだ。  智希は雪那にとって初恋の相手だった。 それは六年前。雪那が中学一年の時だった。 小学校の通学班で一緒だった二人。 久しぶりに会った時、大人びた仕草にキュンとなった雪那。 直ぐに初恋だと気付いた。 ずっと大切にしてきた恋だったのだ。  雪那は仕事を辞めることが出来なかった。 何社も面接して、やっと内定を貰った職場だった。 辞められる訳がなかったのだ。  智希の後をそっと付けてみた。 (これはまるでストーカーだ!) 雪那は自分が怖くなった。 冷静さを装い、考えない様にする。 それでも止められない。 智希とリーダーの同棲を確認するまでは収まりの着かない恋。 諦めるためには仕方ないと、雪那は自分に言い聞かせた。 智希がアパートに入って行く。 玄関を開けた途端、智希の体にライトが当たる。 奥から出て来たのは紛れもなくリーダーだった。  急いで表に回ってみた。 するとカーテン越しにシルエットが重なった。 雪那はそれを見ながら、自分の腕で、自分の体を抱き締めていた。 (あのカーテンの向こうで今二人はイチャイチャしている!) 雪那にとっては耐え難い光景だった。 それでも雪那は見つめ続けた。切ない初恋に終止符を打つために。
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