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若手の勉強会
やっと仕事に慣れた頃、雪那は一時組み立て班から外れることになった。
本社主催の勉強会に一週間出席するためだった。
会場は会社の保養所として買い取ったホテルだった。
バブル時代に建設された豪華な造りで、結婚式場も完備していた。
リーダーは亡くなった旦那様と此処で夫婦の縁を結んだのだった。
仲間の中に、来日韓国人の研修生もいた。
誰からもきっと素敵に映るだろう、その顔立ちに雪那は見とれていた。
一昔前の春夏秋冬シリーズにでも出ていそうな風体。
雪那が子供の頃、初音と見ていたビデオを思い出していた。内容はちんぷんかんぷんだったけど、その俳優の端正な顔つきは忘れられなかったのだ。
(こういう人をハンサムって言うんだろうな?)
素直にそう思った。
雪那は背の高い好青年の研修生が気になった。
(智希先輩から乗り換えてもいいかな)
なんて本気で考えた。
それでも外国人だという事がネックになった。
(流行りの韓流に乗っちゃうか?)
雪那は再びブームとなった韓国ドラマを思い出していた。
(あの人イケメンだしな。ママが言っていたの。本物の〔イケてるメンズ〕だな)
雪那は以前初音からイケメンの語源を聞いていた。
とあるテレビの情報番組が発端だった。顔立ちだけではなく、生き方そのものが魅力的な男性を探してはその言葉を使ってきたのだ。
それがいつの間にか定着したということだった。
一目で目が点になり、ハートマークになる。
素直に声を掛けたいと思った。
(でも言葉の壁が……、来日って事は日本語も大丈夫なのかも……)
雪那は臆病になりながらも話してみようかと思っていた。
(でもきっとご両親がきっと日本語ダメかも……)
今度はそれにぶち当たる。雪那は結婚もイメージし始めたのだ。
(先輩はリーダーと同棲中だし……でも本当は好き!)
イケメン来日韓国人と智希の間で揺れる乙女心。
収拾がつかない堂々巡り。
でも、結局は智希が好きで収まった。
いや、収まる筈がなかったのだ。
幾ら頑張っても組み立て班のリーダーには遠く及ばない。雪那の失敗を自分のせいにしてくれる。後輩思いの人だったからだ。
雪那は全てを忘れ勉強に専念しようとした。
頭を切り替えようと匡に持たされたお菓子の封を切った。
これが間違いの素だった。
一袋が、あっという間に無くなった。
いわゆるやけ食いだった。
雪那は匡の買ってきてくれたスナックを平らげないと気がすまない性格だったのだ。そう言う性格にしたのは勿論匡だ。
匡は雪那が沢山食べるところを見て喜んでいたのだ。
そのお陰で雪那はダイエットする前のように、ポッチャリの体型に逆戻りしていた。
「ヤバい。これが噂のリバウンド?」
雪那はがっかりしながらヘルスメーターに乗った。
体重は余り増えていなかった。
でも確実におなか周りがぷよぷよだった。
これじゃアタック出来ないと、再びダイエットに精を出した。
(又恋のため? あれっ、まだ話もしていない)
又堂々巡り。
これはきちんと話してからでないと。
そう思う内に勉強会は終了していた。それでも今からでも遅くはないと初音から教えてもらったドローイングを始めることにさ。
ドローイングはストロー以外は特別な度具は要らない。ストローを口に咥えて深呼吸の要領で吸う。そのまま少しキープして少しずつ吐き出すのだ。
雪那は勉強会の資料をボストンバックに入れながら、もう一度目を通した。
燃料電池車・ハイブリッドカー・電気自動車。
今の車社会の基礎研修のためだった。
未曽有の災害や洪水、戦争などによる部品調達の遅れ問題。特に深刻なのはレアメタルなどの貴重鉱物不足だ。
不要になった電化製品にも少しは使用されているようだ。
特に携帯電話やスマートフォンには沢山含まれている。だから塵として処分するより、リサイクルしなければならないのだ。
何処の塵処理場にも宝の山はあるから仕分けしているそうだ。
女性の組み立て班は作った。でも雪那の就職した会社にはクリーンエンジン以外の主力製品がなかった。
だからこの不利な局面を何とか打破しようと集まったのだった。
(自分は一体何をしていたのか?)
雪那は急に恥ずかしくなった。
来日韓国人のイケメンの事ばかり考えていた。智希と比べてウキウキしていた。勉強会など上の空だった。
地元に戻るその前に、自分ならではの勉強会。
それは深夜まで続いた。
何故雪那が勉強会に選ばれたのか?
会社が若者の意見を反映しようとして組み立て班のリーダーなどのからの推薦者を集めたからだった。
それは会社の命運を掛けた一大プロジェクトだったのだ。
そこで雪那も出発する前に役に立つことを考えようとした。
問題は自動制御部品の調達。どうあがいても雪那が太刀打ち出来る策ではなかったのだ。
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