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イケメン女子
久しぶりに工場へ行ってド胆を抜かれた。
女性だけの組み立て班に、あの来日韓国人がいたのだ。
どうやら此処に配属されたらしい。
(てっ言うことは……)
雪那は言葉を失った。
(研修中に出会ったイケメンは男性ではなく女性? だったの? えっ、えっー、嘘!?)
雪那は完全に固まってしまった。
(あー。コクらなくて良かった!)
素直にそう思って胸を撫で下ろした。
(仲良くなれるかな?)
雪那は何故か嬉しかった。
でも次の瞬間頭が真っ白になった。
勉強会に行っておきながら、勉強しなかった事がバレバレだった。
お昼に定食を食べていると、智希が横に座った。
雪那はドキンとした。
やっとの思いで断ち切った恋がまた疼き出していた。
「雪那、お前凄いな」
突然智希が言った。
雪那は何が何だか解らず、ただ智希を見つめた。
「皆の前で発表したんだってな、『うちには主力製品はないけれど、低燃費のクリーンエンジンがあります。搭載しているエコカーの質の向上などにも全力投球しましょう』って。ジモティとして鼻が高いよ」
(えっ!?)
雪那は耳を疑った。
そんな事言った覚えがなかった。
「えっー!私そんな事言ってないよ」
雪那が言うと、智希は頭を傾けた。
「確かに女性だけの組み立て斑の人で森……」
その返事にピンと来た。
「それって、来日韓国人の彼女の事じゃない?」
雪那はそう言うと、イケメン女子を智希に教えた。
「いや、確かに森口雪那って言ってたぞ」
智希は腕を組んだ。
「あれっ。それ何か言ったかも?」
雪那も腕を組んだ。
「確か面接の時言った覚えがある」
雪那は頭の中を整理してみた。
「確かそんな事言ったような。そう言えばエコカーも言った記憶が」
だんだんと確信してきた雪那。
「ほらー、やっぱり雪那だった」
智希は雪那のオデコにデコピンをした。
「そんな偉い雪那にお願いがあるんだけど」
智希が勿体ぶって言う。
「なあに?相談に乗るよ」
雪那がお道化る。
それが雪那の精一杯な愛情表現だった。
雪那はイケメン女子の事ばかり気になり、よそ見ばかりしていた。
急に指された時頭がパニックを起こして、適当な後駄句を並べただけだった。
でもその発言が的を得ていたので評判になっただけだった。
面接時に失敗しないように、何度も練習した御社のクリーンエンジン。
それを全面に押し出しただけだった。
雪那は緊張して、上の空だったのだ。
「御社のクリーンエンジンかー」
雪那は何気に言った。
「えっ、雪那。そんなこと言ったの。それを言うなら弊社だよ」
「ありゃそうなの? でもセーフ。確かそれは言ってないから」
雪那は笑ってごまかす振りをしながら、智希の言葉を待っていた。
「勉強会どうたった?」
智希が聞く。
「うーん……。良く覚えていないんだ」
雪那は正直に告白した。
「だからかー!?」
智希は突然大笑い。
「上の空だったみたい」
雪那は恥ずかしそうに俯いた。
「派遣切りの後、工場も変わってな。星形工場形式に近付いてきた」
「星形!?」
「組み立てを中心に置き、周りに部品提供所を設置すれば、不良品率を下げられるんだ」
「あ、だから私達は真ん中なのか?」
雪那は又俯いた。
「どうした?」
智希は雪那の手を優しく握り締めた。
雪那は思わず手を引いた。
(こんな事されたら又好きになるよ)
雪那は何も言えなくなっていた。
(勉強すれば解る事なのに、私は一体何していたんだろう?)
雪那は自分を怠け者だと思った。
だから余計に、まともに智希を見られなかったのだ。
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