3、別れ

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 「これは……何のハグだろ」  私の耳元で彼の声が聞こえた。吐息がかかりそうなほど近いのに、もっとぎゅっとしてもっと近づいてほしかった。 「それ、聞いちゃうの?」  素直すぎる反応に笑ってしまう。 「あ、ごめん。もう聞かない」  紺野くんの胸の中でくすくす笑うと、一緒に紺野くんの胸も揺れた。 「何のハグだろうね」 「別れのハグとかじゃないよな?そこだけは、はっきりさせとこうか」 「それは……どうだろうね?」  私がさらに体を揺らして笑うと、紺野くんも笑った。 「全くわからん」  私たちは体をくっつけたまま笑った。上下に一緒に揺れる。 「いや、わかるでしょ」  私が反論すると、 「いや、全然わかんない」 「帰りたくない、のハグじゃないかな」 「マジか。じゃあ帰さないのハグ」  紺野くんは先ほどよりもさらに力を込めて私を抱き寄せた。 「いや、帰るけどね」  紺野くんの胸の中でケラケラ笑うと、腕の力がまた一層強くなる。 「い、痛い。痛いんだけど」 「それは失敬、失敬」  謝っておいて、その力が弱まることはなかった。痛い、痛いと言い続ける私からようやく体を離すと、紺野くんは笑いながら私の顔を覗き込んだ。 「あれ、泣いてないじゃん」 「泣いてないよ」 「空港だと泣くって言ってたから」 「泣きそうになるって言ったの。泣くとは言ってない」  眉を寄せて物申すと、紺野くんは大笑いした。私たちは何度も何度もただ抱きしめ合って笑った。どさくさに紛れて頭の天辺(てっぺん)にキスされたがそこはスルーしておいた。結局最後まで泣くことなく、紺野くんに別れを告げた。笑いながらバイバイをした。  もちろん寂しさはあったが、私たちはこれが最後ではないという確信があった。たぶん、近いうちにまた会える、そんな気がして寂しさよりも期待感とワクワクが上回る。  飛行機が離陸すると同時に私は深い眠りについた。こんなに心地よい睡眠は本当に久しぶりだった。 (了)
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