お届け物

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息を止めても肺の中に浸み込んできそうなほど、その部屋は熱気で満たされていた。部屋の真ん中で男が一人、〝心頭滅却すれば火もまた涼し〟を実践するかのように、ただじっと座って暑さを耐えしのいでいた。 冴えない風貌ではあるが、面差しはまだ若々しい。目にはこの理不尽な暑さに打ち勝とうという闘気を湛えていた。 額から汗が滴り落ち、ちゃぶ台を濡らす。これではまるでサウナである。だが男が居るのは温泉施設ではない。 ここは男の住まい、六畳一間のアパートの一室なのだ。 「暑い、暑すぎる」 安家賃のおんぼろアパートのエアコンはこの猛暑に過酷な労働を強いられた結果、ついに音を上げた。何度スイッチを押しても反応せず、「おーい頼むよ、動いてくれ」と呼びかけても応答しない。 頼みの綱の扇風機もどうも調子が悪く、回ったり止まったりを繰り返している。 風の訪れを期待して開け放った窓を見やるが、カーテンは微動だにしない。窓の外はすっかり漆黒に染まっているというのに、地表が冷える気配は一向にない。 修理を呼びたいが、あいにく金もない。 「奴はいつ来るんだ」 ぬるま湯と化したコップの水を飲み干し、未だに来ない客のことを考えた。七日くらいには来ると聞きカレンダーに印をつけたが何の音沙汰もなく、既に八月も半ばを過ぎようとしている。 便りの一つも寄越さないとは無礼なヤツ、と暑さも相俟って怒りがふつふつと湧き上がってきたとき、玄関のドアを叩く音がした。
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