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何処まで行くのかと、不安になる少年を乗せたまま列車が辿り着いたのは、全く知らない簡素な駅だった。
知らない土地の、知らない駅名をぼんやりと見上げ、不意に空を見上げると、見知った生き物が空で弾けるのを見た。
「……」
不思議な光景に目を見張り、ぼんやりとしたまま周囲を見回す。
ホームから見える駅の外は、関東とは違う長閑な田園が広がっていた。
後ろの方には、古びたビルと住宅が立ち並び、平日ながら呑気な話声も聞こえる。
昼過ぎのホームは乗客もまだらで、少年がいるホームのベンチには、三人の男が並んで腰かけて、何やら話をしていた。
若い男二人と、中年の着物姿の男という変わった組み合わせだったのだが、少年にはそれが変わった事だというのにも気づかずに、ただ立ち尽くしていた。
やがて、アナウンスと共に列車の到着を告げる音楽が鳴り響く。
自分が降り立った列車が来た方向とは逆方向から、向かいのホームに列車が滑り込んで来るのが見え、少年は知らず歩き出していた。
急にその肩を強い力で攫まれて、我に返った。
立ち止まったその目の前に、列車が滑り込んで静かに停車する。
機械音を立てて扉が開くのを見ていた少年の頭上から、無感情な声が降って来た。
「飛び込みたい事情があるんだろうけど、この列車は勘弁してくれないか?」
我に返った少年が顔を上げて見上げると、声と同じように無感情な顔が見返していた。
色白の、妙に整った顔の若者だ。
ベンチに座っていた男の一人だ。
そう気づく間もなく目を瞬く少年に、若者は続けた。
「この辺りは、まだまだ交通便が悪いんだ。この時間を逃すと、長く待たないと次の列車は来ない。この上事故処理が入ると、更に大変なんだ。仕事が押しているのに、それは勘弁してほしい」
無感情ながら切実な言い分を、少年はその若者の容姿の神聖さに見惚れながら、聞いていた。
癖のない真っすぐな短い薄色の金髪と、白い肌の中に瞳の黒さだけが際立つ若者が、呆然と見上げ続ける少年に目を細めた。
「……? 大丈夫か? 目が……」
黒々とした目に、吸い込まれそうになった、そう感じたのは眩暈がしたためだった。
目を見開く若者の後ろで、一緒に居た老若の男二人が慌てて駆け寄るのを見ながら、少年はその場で倒れ込んでいた。
その日、その三人はとある場所に呼び出されてはいたが、乗車券が時間と席を指定したものではなかったため、少年を保護する時間があった。
そして、その少年の行先が、偶々同じ都市であったこともあり、駅員と顔見知りの和服の男が間に入り、乗り越してしまった少年の法律違反を、見逃して貰うことができた。
奇妙な若者と、古谷家の人びととの初顔合わせは、恥ずかしいながらも懐かしい、志門の思い出の一つとなった。
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