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 岩切静(いわきりしずか)の名は、父親が憧れていた人の名の音の数ある漢字の中で、一番気に入った文字を当ててつけられたと、常々言われていた。  その父の憧れの人と出会ったのは、八歳になった頃だ。  日本の同年代が小学生に上がる前から、静は父親の仕事を覚え始めていた。 それが気に入らない母方の親族たちに、些細な指摘を毎日受けながらも、ぼちぼち頭角を現し始めていた頃、暴動が起こった。  父が死んだ後、母方の親族はあっさりと暴動のリーダーに寝返ってしまい、その国の中枢の王家は亡命するしかなくなってしまった。  その王家を逃がした後静は捕まり、見せしめのために死刑に処される直前だった。  親族たちは尋問と称して、代わる代わる暴力をふるい、十歳の少女は刑の執行前から立つことも出来なくなっていた。  もう、楽になりたい。  刑場に引きづり出され、執行人たちが握る銃口の前に立たされた時、ぼんやりとした頭では、それしか考えられなかった。  見せしめと称して張り付けられた少女を前に、民衆は戸惑い憤っているようだったが、暴動の首謀者がふんぞり返って座っているのを見て取り、巻き添えを恐れて黙り込んでいた。  銃を構えた執行人たちに、司令官が合図を送る前に、すぐ傍で無感情な声がかかった。 「この子が、キヨシ・イワキリの娘か?」  それに答えたのは、矢張りすぐ傍の男の声だ。 「ああ。シズカ・イワキリだ。オレと意気投合して、この国の治安を守ってくれた立役者の、大事な一人娘で、忘れ形見だ」  その男の声に聞き覚えがあり、静は重い頭を上げた。  拘束された少女の傍に、若者と男がいた。  一人は顔見知りだ。  国王の側近中の側近で、赤毛で薄い色と濃い色が寅毛のように見える髪を持つ、長身の男だ。  戸惑った少女が口を開く前に、その背後で女が笑った。 「君と意気投合した割に、娘の名前はこの子絡みにしたんだね」  優しい女の声の指摘に、無感情の声が小さく唸った。 「漢字の読みなんて、考えた事がなかったから気づかなかった。その名づけ方、他でもやってないか?」 「やってるね。塚本(つかもと)家が、まさにそれじゃないか」 「それ位は、大目に見てやれよ。オレもいずれ、連れ合いが出来たら、名付け親を押し付ける予定なんだから」  国の中心人物だった男の側近の気楽な言い分に、無感情な声が再び唸っている。  静は、その場にふさわしくない会話を交わす三人を、ぼんやりと見上げていた。  頭の方もおかしくなったのか、ただ目が霞み過ぎてそう見えるのか。  無感情の声の若者は、父親の昔話に出て来る人物を思い起こさせる容姿に見えた。  走馬灯にしては、全く見た事がない人たちが出てくるのはおかしい。
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