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あの日、俺は。珍しく我儘を言った。
俺の家は母子家庭だった。
常に延長保育。ご飯を作る余裕も労力もないから。夕飯はいつも、安売りの弁当1つ。それを母さんと分けて食べて、一緒に風呂に入って。寝る前に1つのマグカップにホットミルク1杯だけ作って、2人で交互に飲んでから。保育園で起きた事を話す。そして、飲み終わると、2人で一緒の布団に入って。俺は母さんに抱きしめられて、眠る。
俺は保育園の先生によく言われていた。
「良い子でいなきゃ駄目だよ」
「お母さんを困らせちゃ駄目だよ」
俺はその言葉の通りに、良い子で、好き嫌いなく物を食べて、皆に馬鹿にされても。泣かなかった。
でも、本当は。ピーマンもニンジンも美味しくなくて、皆が持っているようなおもちゃは買って貰えず、そのことを理由に馬鹿にされても、俺はじっと耐えていた。
運動会、お遊戯会。母さんはお昼頃やってきて。僕にコンビニのおにぎり2個だけ渡して、仕事に行ってしまう。
そんな俺を見て、先生や友達の親達に色々言われていても、忙しそうに働く母さんの姿を見たら。何も言えなくなった。
皆、美味しそうなお弁当を家族で楽しそうに食べる姿が羨ましくて、1人で泣きながら、隠れておにぎりを食べていたのは。今でもずっと、覚えている。
そんな毎日を続けていたある日。
保育園からの帰り道。疲れ切った顔の母さんの顔。
俺の前ではいつも元気な母さんの筈なのに。どこか、辛そうで。家に帰っても、母さんはやっぱり疲れ切った顔をしていた。
ホットミルクもほとんど口にしなかった母さんを見て、俺はなんとなく嫌な感じがして、気づいた時には、母さんにギュっと抱きついて、泣き喚いていた。
仕事に行かないで。ただそれだけを繰り返した。
「大輝…ごめんね」
母さんはそう言って、俺をギュっと抱きしめた。
「寂しかったよね…苦しかったよね。ゴメンね」
母さんも泣きながら、俺に謝っていた。記憶にある限りでは、母さんに寝る時以外抱きしめられたのはこれが初めてだったと思う。母さんの匂いは甘くて、暖かくて優しい、良い匂いで、俺はそれがなんだか嬉しかった。
お互い泣いて、スッキリして。冷めてしまったホットミルクをもう一度温めなおして、2人で1つのマグカップを交互に飲んだ。
その日のホットミルクは、いつもより甘くて、良い匂いがした。
「明日さ、仕事休むから。お母さんと公園行こう」
寝る前、母さんは俺にそう言った。
「本当!?」
「うん。お弁当作るから、何食べたい?」
「じゃあ…ハンバーグ!唐揚げ!卵焼き!」
まわりがよくお弁当に入れていた定番おかず。俺はそれがどうしても食べてみたくて。母さんに頼んだ。
「材料ないから、明日、朝早く起きて。買い物しなきゃだね」
「僕も行く!お手伝いする!」
「じゃあ、早く寝ないと…」
「嫌だ!もっとお話しするの!」
明日、母さんに甘えられることが嬉しかったのか。俺は中々眠ることが出来なかった。
「明日もまた、話せるから…今日はもう寝ましょう。お母さん、眠くて…」
母さんにそう言われ、俺は仕方なく。母さんにいつもより強い力を込めて抱きついた。
「どうしたの…」
「なんでもなーい」
「そう…」
お母さんはそう言って、俺をギュっと抱きしめ、俺の背中をポンポンと優しい力で叩き、額と頬にキスをしてくれた。俺も同じように、母さんにギュッと抱きついて、母さんの額と頬にキスをした。
ずっと、母さんがしてくれる。寝る前のおまじない。明日も楽しく過ごせますように。そんな願いが込められているんだよ。と…
「おやすみ…お母さん」
「おやすみ、大輝」
これが母さんとの最後の会話だった。
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