約束

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 気が付いた時には、母さんはどこにもいなくて。その代わりに紘さんという男の人と一緒に住むことになった。  「お母さんの友達なんだ。これからよろしくね」  母さんの友達。と言われても、ピンと来なかった。  「とにかく、ヨロシク」  こうして、俺と紘さんとの新しい生活が始まった。  新しい保育園に通っても、延長で最後の最後に紘さんが迎えに来て。手を繋いで家に帰る。  「先、食べて良いからな」  そう言って、紘さんは俺に温めたばかりの冷凍食品だけを渡して。仕事をしていた。  紘さんは母さんと同じように忙しい人で、いつも難しそうな顔でパソコンと向きあっていた。ほとんど会話もなく、俺はそれが寂しかったが、紘さんには何も言えなかった。    「お母さんは何処にいるの?」  紘さんにそう聞いた時、紘さんは俺の目をじっと見ながら、言った。  「お母さんはここから遠い所で暮らしてる。そのうち、帰ってくるまでの間、うちで暮らそうな」  俺はその言葉に頷き。いつか戻ってくる母さんの帰りを待ち続けていた。だけど、いくら待っても。母さんは戻ってこなかった。  「お母さん、いつ戻ってくるの?」  「まだ、仕事が終わらないんだ。もう少しだ」  紘さんはそう言って、パソコンとにらめっこ。  「もう少しっていつ?早く会いたい」  「もうちょとだ。良い子で待っていような」  良い子。俺はその言葉を思い出し、それ以来。紘さんに母さんの事を聞かなくなった。  それからしばらくして、夢を見た。  「お母さん!」  「大輝~」  俺は母さんに抱き着こうと駆け寄り、母さんはそれを受け止め、ギュッと抱きしめてくれた。  「お母さん…」  「良い子にしてた?」  第一声がそれだった。今までそんな事、一度も言ったことがないのに。  「お母さんはね、大輝が良い子でいればいる程、頑張れるのよ」  そう言って、母さんは俺の頭を撫でた。  「お母さん、今度はいつ帰ってくるの?」  その事を聞くと、母さんは急に怒ったような顔をしていた。  「そんな我儘を言ってたら、いつまでも会いに来ないわよ」  聞いたこともない声、見た事もない顔をして、母さんは突然。姿を消した。  「お母さん!ゴメンね!もう、我儘言わないからぁぁぁ」  俺はそう叫びながら、目覚めた。  「お母さん…」  あの日から、俺は母さんに会う為に。色々な事を我慢した。紘さんに甘える事は勿論、弱音を吐く事もしなかった。  そもそも、紘さんも俺とあまり関わりを持とうとしなかった。ただ、家にいて。最低限の会話をするだけ。所詮は他人だ。  「お父さんは何をしてる人なの?」  そう聞かれても、俺は紘さんの事を何も知らないので。何も答えられない。  「お父さんじゃないよ。紘さんだよ」  それぐらいしかいう事がなかった。  母親の姿はない、家で仕事をしている父親ではない男性、物静かな子供。あらぬ噂を聞いて。それを理由に、同情されたり、いじめの対象にされても。俺は紘さんに何も言わなかった。  「お母さん…早く戻ってきてよ」  少しでも弱音を吐けば、夢の中で母さんは俺を叱った。  「お母さんは、大輝をそんな子に育てた覚えはありません!」  「これで、またお母さんに会える日が先になったわね」  そう言って、母さんは俺の目の前から姿を消し、俺はその度に目覚めて、泣きたい気持ちをぐっと抑えた。  弱音、甘えを我慢すれば、夢の中で母さんが褒めてくれる。それだけが俺の生きる支えになっていた。  「良い子ね」  「流石、私の子」  「早く会いたいわ」  そう、言って母さんは俺を抱きしめてくれた。だから、俺は頑張れた。全ては母さんに会うため。    そして、約束の為に。俺はずっと1人で戦い続けた…  
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