一章 脅迫

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一章 脅迫

僕の名前は原田優。三十四歳。職業は小説家。少々複雑な過去を持っている。 一度目の名は『佐伯』だった。母の姓である。父のことは何も知らない。僕は母から肉体的、精神的、そして性的に虐待を受けていた。その影響で僕は他人に対して、特に女性に対して強い負の感情を抱くことになる。僕が十一歳の頃、金に困った母が無理心中を図って失敗したことで僕の存在が世間に知られることになった。保護された僕は遠縁の市川家に養子として迎え入れられる。市川家は裕福な家庭で、産婦人科医の父と、ボランティアが趣味の専業主婦の母、そして同い年で義理の姉の裕美子の三人と、紆余曲折ありがならも良好な家庭環境を築いた。産湯のように優しく温かい環境で治療を受けるうち、他人、女性に対する負の感情はだいぶ和らいでいる。そういう訳で、二度目の名前は『市川』である。 そして三度目。裕美子の紹介で知り合った原田透に求愛され、僕はそれを受け入れた。三年の交際期間を経て、僕と透は『養子縁組』で家族になった。原田優になってから二年。僕は三度目の人生を謳歌している。僕の伴侶、原田透。三十六歳。職業はカメラマン。出身は関西で、金に染めた髪をオールバックにした筋骨隆々の男である。 「ただいまー!」 買い物に行っていた透が帰ってきた。僕は一文字も浮かばない原稿用紙を見つめるのはやめにして、透を迎えに行った。 「あー、ちょっと座って待ってて」 言われた通り、リビングの椅子に座って透を待つ。透は手洗いとうがいを済ませると買い物袋の中身をてきぱきと冷蔵庫に入れていく。あっという間に片付け終えると、食器棚からコップを出してシンクの蛇口を捻り、水道水をコップに汲むと、ぐびぐびと飲んだ。肩で大きく息を吐き、何事かを考えている。透はコップをシンクに置いてこちらに来ると、僕の対面に座った。普段はにこやかな透が、真剣な表情で僕に小さな茶封筒を手渡す。 「どうしても中を見て欲しかったんやろうな。『写真』はクリップで外側に貼り付けられとるわ」 茶封筒には一枚の写真がクリップで縫うように貼り付けられていた。写真に映っているのは、今は亡き僕の母と、僕にそっくりな姿形の男。男は僅かに笑って母の肩を抱き、母は自信満々といった表情だ。写真が貼り付けられている反対側を見る。 『息子へ      父より』 パソコンで書いたものを印刷したのだろう。機械的な文字だ。僕はテーブルの上のペン立てに入れているレターナイフを取り出し、茶封筒の封を開けた。中身は一枚の手紙だった。内容を読む。 『息子へ。  突然の手紙を許してほしい。  私は三十四年間、君の存在を知らなかったのだ。  君について調べさせてもらった。苦労したようだね。  父親の責任を何一つ果たせていないことを悔やんでいる。  単刀直入に言おう。君に会いたい。  どんな手を使ってでも、会いたいのだ。  だが、私からは君に会いに行けない。  君から会いに来てくれないだろうか。  十二月二十五日、尾露智という町で君を待つ。  もし会いに来てくれなかったら、  君の伴侶の原田透の命は無いものと思ってくれ。  私にはそれを実現させられる力がある。  警察に相談してもよいが、徒労に終わるだろう。  君が無駄を嫌わないのなら話は別だが。  息子よ、君は賢い。良い選択をすることを期待している。                   愛を込めて。父より』 「・・・その表情やと、ええ内容ではなさそうやな」 僕は黙って透に手紙を渡し、テーブルの上に突っ伏した。暫くすると、透が『うーん』と唸った。 「父親か。厄介なんが出てきたな」 「警察に行きましょう」 「そうやな。すぐ行こう」 透の運転する車で警察署に行き、手紙の内容を相談した。相談したはいいのだが、悔しいことに無駄に終わってしまった。 一つ、相手が父親、つまり家族であること。 二つ、僕が父親のことを何も知らないこと。 三つ、脅迫内容は悪質だが、これが初めての脅迫であること。 警官はこの三つを理由に、被害届を受け取ってくれなかった。周辺のパトロールを増やすと言うことで、さも問題が解決したかのような態度をとり、僕達は警察署を追い出された。家に帰り、リビングの椅子に二人向き合う形で座り、黙して考える。 「・・・透さん、僕、父に会います」 「俺のために言うてるんやったらやめてや」 「僕のため、だったら、会うことを許してくれるんですか?」 「んなわけないやん。行くんやったら俺も着いて行く」 「・・・少し、話をしても?」 「ええよ」 僕は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。 「母は不特定多数の男と身体の関係を持っていました。その中で唯一、母は父を愛していました。父の容姿に心底惚れ込んでいたんです。でも、父は母のモノにはならなかった。だから母は父の子供を産むことを決め、子供を父の『代替品』にしようとした。母の思惑通り、僕は男として生まれ、父そっくりに育ってしまった。だから母は僕に異様に執着したんです」 顔を横に振り、じんわりと沸いて出た過去への嫌悪感を振り払った。僕は続ける。 「僕は、自分の容姿が嫌いです」 毎日鏡で見る顔は、憎い女が愛した男の顔だ。そして、三十四年間、会ったこともない息子をいきなり脅迫するような、禄でもない人間に似た顔だ。 「市川家の養子になって、成長して、成人したとき、僕は過去のことは全て忘れようと思った。幸せな環境に居て、適切な治療も受けている。もう『大人』なんだから、しっかりしないと、と思った。それで過去と決別したつもりだったんです。でも、母の存命と所在を知ったとき、僕はあの女を殺してやろうと思った」 僕は無意識に歯を噛み合わせていたのか、ぎり、と音が鳴った。自分を落ち着けるため。もう一度深呼吸する。 「僕の願いは叶わず、あの女は死んでしまった。殺すことができなかった。行く当てのない殺意は、時間の経過や、市川家の人間、医者、仕事関係の人間、そして透さんと接するうち、少しずつ削れて無くなっていきました。父親に関してもそうです。三十四年間、全く何も知らないままで生きてきた。生きてこられた。つまり、僕にとって、父は不要な存在です」 僕はきっぱりと言い切った。透はただ黙って僕を見つめている。 「・・・でも、僕は父に会いたい。相手は何をしでかすか分からない、危険な人物です。それでも、会いたい。会って、少しでも情報を得て、こちらの有利にしたいんです。警察が、法が動いてくれないのなら、自分で身を守らなければいけないから」 「優君、一度決めたら譲らんからな。ええよ、会いに行こう」 「ありがとう」 「どうも」 透は困ったように笑った。そしてサッと表情を変え、真剣な顔になると、人差し指をピンと立てた。 「市川家の人にも言うておいた方がええんとちゃう?」 「・・・そうですね。ちょっと電話してみます」 父は恐らく仕事中。裕美子は一人暮らしをしているので家には居ない。電話の相手は母しかいないだろう。僕は母の携帯に電話を掛けた。ぷるるるる、と呼び出し音が鳴り、すぐに通話状態になった。透にも聞こえるよう、スピーカーボタンを押す。 「もしもし?」 『コノ電話ハ、現在、使ワレテオリマセン』 「・・・なんで母さんの電話にお前が出るんだ、裕美子」 裕美子は悪戯を成功させて嬉しいのか、くすくすと笑った。 『月に一度の拷問の時間だよ!』 電話の遠くで母が怒る声が聞こえる。 『月に一度は帰ってこいって言われてるんだ。私は優と違って独り身だから心配なんだってさ。で、今日がその日ってわけ』 「じゃあ父さんも家に居るのか?」 『居るよ。今は風呂に入ってるけど。母は父のリクエストの餃子の『タネ』を捏ねてるから手がベタベタで電話に出られないのさ。だからかわりにお姉様がご用件をお伺いしますわ』 「・・・実は、」 僕は脅迫の手紙について話した。 『・・・それマジ?』 「マジ」 『で、会いに行くんだ?』 「行く」 『んー、とりあえず二人に話すから、折り返し掛けていい?』 「分かった。晩御飯食べて待ってるよ」 『オーキードーキー。じゃあまた後で』 ぷつり、と電話が切れた。透が立ち上がる。 「よし、俺らも飯にするか」 「今日は何を作ってくれるんです?」 「明太クリームパスタ!」 透がニカッと笑い、キッチンに行く。僕は仕事をする気になれなかったので、テーブルの上に置かれた父の手紙と写真を茶封筒に入れなおし、テーブルの隅に置いて意識から追いやった。透の背中を見つめる。デカい。 「優君、大葉と海苔、どっちかける?」 「大葉で」 「じゃ、大葉は二人前やな」 当たり前の日常をくれる透に、僕は感謝しなくてはいけない。透の作ったパスタを食べ、僕が食器を洗い、二人でリビングの椅子に座って裕美子の電話を待つ。遅い。揉めているのだろうか。不安で手足がそわそわし、汗を掻いているのに冷えていく。ぷるるるる、漸く電話が鳴った。裕美子からだ。通話ボタンとスピーカーボタンを押す。 「もしもし」 『もしもーし、裕美子です。結論から言います。私も優に着いて行くことになりました』 「・・・は? なんで?」 『父と母は優が父親に会いに行くのに大反対でさ。警察が被害届を受理しなかったのにも激怒してるの。で、『優のかわりに自分達が会いに行く!』って言いだしたの。そんなこと、優は望んでないでしょ?』 「望んでない。それで?」 『私は二人を説得しようとしました。父と母、対、私。つまり二対一の構図よ。で、激しい口論の末、私は両親を説き伏せました。たーだーし、条件を二つ出されてね。一つ、優と透ちゃんが父に電話すること。二つ、私が優に同行して、危ない目に遭いそうになったら優を市川家に連れ帰ること。以上デス!』 「いいのか? 裕美子、仕事が忙しいだろ?」 裕美子は看護師をしている。そう簡単に休める仕事ではないだろう。 『十二月二十五日つったら三ヵ月後でしょ? 有給取るからよいよい。気にしなさんな。それに、父と母に言われなくても私は着いて行くつもりだったからさ』 「え? な、何故?」 『三ヵ月もあればたっぷり策も練られるし、しっかり準備もできるでしょ。ていうかもうやってるかもね。相手はやましい目的があって優を誘い出してるんだよ。脅すだけならまだマシ。誘拐したり、殺したり、他にも悪いことは沢山考えられる。そんな相手に会いに行くなんて、優も透ちゃんも、頭が馬鹿になったの? 一体何を考えてるの? 周りの気持ち考えたことある?』 裕美子の声は、だんだんと低く、鋭くなっていった。 「う・・・。ご、ごめんなさい・・・」 『私は二十二日から二十六日まで有休を取るから。仕事辞めてでも着いて行くからね。いい?』 「はい・・・」 『じゃ、また連絡するから。この電話が終わったらすぐ父に電話すること。透ちゃんもだよ。いい?』 「分かりました」 『よろしい。そいじゃ、おやすみー!』 最後は明るい声で裕美子は電話を切った。透は頭を抱えている。 「俺、お義父さんに殺されへんか・・・?」 「可哀想に・・・」 「あぅ・・・」 「じゃ、電話しますね」 僕は父に電話をかけた。すぐに通話状態になり、僕の心臓は早鐘を打つ。 「も、もしもし。優です」 『はい』 滅多に怒らない父が、静かだが圧のある声で応えた。 「あの・・・。裕美子から聞いた通りです。父に会いに行きます」 『駄目だ』 「え?」 『その言い方じゃ駄目だ。ちゃんと自分の口で説明しなさい』 僕は舌で唇を湿らせた。 「父から手紙が来ました。手紙に写真が同封されていて、僕の母と、僕にそっくりな男が映っていました。この男が僕の父で間違いありません。手紙の内容は、僕が会いに行かないと、透さんを殺す、というものでした。警察には相談に行きました。悔しいことに相手にされませんでした。僕は手紙の内容が怖くて従うんじゃありません。父を訴えるにしても、父に関する情報が足りなさ過ぎます。少しでも情報を得て、こちらの有利にしたいんです」 暫しの間、沈黙が横たわった。 『優と透君と裕美子で『三』、父さんと母さんで『二』。三対二だ。透君にかわりなさい』 「はい」 僕は携帯を透に渡した。透は敬語で会話し、ひたすら『はい』を繰り返した。二十分程会話し、透が電話を切る。 「・・・怒られた?」 「すごく」 「父親に会いに行って良いって?」 「良いって」 僕は安堵の溜息を吐いた。 「今日はもう休もう。尾露智って町については、明日から調べるってことで。ええやろ?」 「そうですね」 怒涛の一日は終わった。 次の日の朝、食事を終えて食器を片付けたタイミングで家の呼び鈴が鳴った。やってきたのは裕美子だった。 「おはよう、裕美子ちゃん。今日は休みか?」 「そうなのー。透ちゃんも休み?」 「午後から仕事あるよん」 「ならさっさと済ませましょ。尾露智町について寝ずに調べたんだから」 クリップで綺麗にまとめられた紙の束を僕達に見せ、裕美子はウィンクをした。 「さっすが裕美子ちゃん!」 裕美子は我が家に何度も来たことがあるので、勝手知ったるなんとやらでリビングの椅子に座り、テーブルに資料を広げる。 「これが『ウィキペディア』の記事ね」 ウィキペディアは2000年に入ってから爆発的に有名になったインターネットの百科事典だ。略して『ウィキ』と呼ばれる。 「人口がかなり少ないかな。三千人だって。『鳩尾山』って山と、『露陽海岸』って海に挟まれた場所にあるんだってさ。別荘地として有名みたいね。旅行客も多いらしくて、こっちは旅行サイトの口コミ、こっちはグルメサイトの口コミ。あとで泊まるところ決めよう。とりあえず全部目を通してほしいんだけどさ、その前に、これを見て」 数枚の紙をパズルのように並べ、指差す。 「オカルトサイトの記事なの。『黄泉還り』っていう儀式について触れられているんだけど、尾露智町に昔からある風習みたい。でね、何か怪しいのが絡んでてさ・・・」 裕美子はそこで言葉を止め、別の紙を示す。僕と透はその紙を覗き込んだ。 「『ユリアンナ教』っていう宗教団体が、十二月二十五日に黄泉還りの儀式を行うってホームページで宣言してるの。偶然、かな?」 「宗教に碌な思い出ないわ。ユリアンナ教はどう胡散臭いん?」 「『自殺するならその命、私達にくれませんか?』だってさ。ネットで布教活動をしていて、謳い文句通り、自殺志願者を集めて、健康で文化的な活動に参加させて、自殺志願者を救済しているらしいの。教祖は『椎名知美』っていう名前の女性。彼女自身も六年前に発症した統合失調症による幻覚、幻聴で自殺未遂を何度も繰り返したんだって。で、繰り返すうち、『大天使ミカエル』を名乗る幻聴が聞こえるようになって、この声に従うと物事が成功するようになったらしいよ。『ミーちゃんのお告げ』って呼んでるんだってさ」 「うわー・・・。『ジャンヌ・ダルク』やあるまいし。ユリアンナ教って有名なん? 聞いたことないけど・・・」 「伸び伸びと活動しているわけではないみたい。知名度を上げるためにテレビに出たいらしくて、ユリアンナ教の公式ブログの記事の最後には、必ず同じ文面が乗ってるの。ほら、ここの文章だよ」 『テレビ局さん、私達を取材してください!  ユリアンナ教の目標はただ一つ。自殺志願者を救いたい!  知っていますか? 自殺死亡数は年々増えています。  その数なんと3万人! 自ら尊い命を絶っているのです!  ユリアンナ教は現在、231人の命を救っています!  テレビに出演し、有名になれば、きっと、もっと・・・!  どんな形でも構いません! 私達を取材してください!        取材のお申し込みはブログのメッセージにて』 「ほぉーん。ミーちゃんのお告げね。当たるの?」 「当たるんだってさ。ブログに活動内容やミーちゃんのお告げが掲載されているんだけど、お告げ目当てに彼女に会いに来てる人も居るのよ。数は少ないけど、政治家とか、会社の経営者とか、芸能人とか。ほら、これとか、これとか・・・」 裕美子が見せてくれた紙には、多種多様な肩書を持つ人間が若く活発そうな女性と仲睦まじげに映っていた。 「えっ、この子が教祖? 『ギャル』やん」 若い女性は、とても自殺志願者を救っている教祖には見えなかった。明るい茶髪に染めた髪、浅黒い肌、卵のような輪郭に、八重歯の口元。服装もかなり露出していて、過激な色使いだ。 「僕、こういう見た目の人苦手かも・・・」 「お清楚な優君とは正反対やもんな」 「・・・惚気るなら後にしてくださいます?」 呆れた様子で裕美子は言った。 「ごめんごめん。それで?」 「ユリアンナ教がやろうとしてる『黄泉還り』についてなんだけど・・・」 裕美子は別の紙をガサガサと取り出した。 『尾、尾、尾、鳩尾、尾。  お山で採れた水蜜桃。海に向かって投げりゃんせ。  赤き石を捧げたら、二拝、二拍手、一拝を。  こうべを垂れて祈りゃんせ。  露の陽より出づる者、黄泉より来る亡者なり。  未練絶たせて浄土を示す、蓮の花を食わしゃんせ。  命廻りて再び還る。お前のもとにやって来る。  尾、尾、尾。鳩尾、尾』 「尾露智町に伝わる黄泉還りの詩だよ」 「どういう意味?」 「詩にある『亡者』は、成仏できずに冥途を彷徨っている魂のこと。黄泉還りは亡者を成仏させて、輪廻転生させることを言うんだって。尾露智町では故人の四十九日にこの儀式をするらしいの」 「それも宗教か?」 「日本仏教が影響してるんだろうね。故人の魂は亡くなってから四十九日で成仏する。その間にどの世界に輪廻転生するか裁きを受けるの。『亡者』は、その裁きを受けられず現世を彷徨っている者、という意味だから、尾露智町では亡くなった人がちゃんと成仏できるようにこの儀式をするってわけよ」 「なんでそれをユリアンナ教が?」 「コレを見て。『ルビー取り放題』だって」 「はあ?」 裕美子は一枚の紙をテーブルの中央に置いた。 『山と海に囲まれて、故人を思う。ルビー祭り開催決定!  山の幸と海の幸に舌鼓を打ち、自然の空気を吸いましょう。  尾露智町の伝統である『黄泉還り』を体験しましょう!           (『黄泉還り』については次ページへ)   総額4000万のルビーを用意しました!  『黄泉還り』で海に投げ入れたルビーはお持ち帰りOK!  お一人様何個でもお持ち帰りいただけます。  尾露智の海は冬でもあたたか! 寒中水泳しましょう!  活動資金、ルビーの寄付も受け付けております。  参加費用 :1万円  宿泊予定日:12月23日~12月26日  黄泉還り :12月25日  持ち物  :水着、着替えの服              受付はブログのメッセージにて。             受付締め切り:10月31日まで』 「なんッじゃこりゃ・・・」 「黄泉還りの詩にある『赤き石』がなんなのかは、調べてもわからなかった。多分、こいつらはルビーだと思ったんだろうね。それを黄泉還りの儀式で海に投げ入れて、泳ぎながら回収しよう、ってわけよ」 「で、尾露智の海は冬でもあたたか! なんか?」 「そこまでは分からなかったよ。ごめんね」 「寒中水泳で海で泳ぐって、こいつら正気か?」 「印刷してないけど、コメント欄は信者の水着談議で盛り上がってるよ」 「マジか・・・。コワー・・・」 僕は首を傾げて言った。 「四千万、か。教団の資金は『ミーちゃんのお告げ』を受けた人達からなのかな」 「んー、わかんない。多分そうだと思うけど」 「こいつらが優君の父親と関係している可能性はあるかな? 俺は無きにしも非ずって考えやけど、どうよ?」 「私も怪しいとは思う。でも下手に接触して刺激しても良いことはなさそう・・・」 「・・・仰る通りで」 「さて、次は尾露智町への経路だよ」 裕美子は別の紙をササッとまとめて並べた。 「海から行くか、陸から行くか」 「フェリーか。朝六時と正午、夕方六時の計三回。少なくない?」 「夏は二時間おきにフェリーが出てるんだけどね・・・。尾露智町の『ベストシーズン』は夏だから、冬は観光業に力を入れてないんだと思うよ」 「陸路は?」 「鳩尾山を迂回した後、山に沿う形で道が一本あるよ。別の町まで三時間かかるね。観光客はみんな船で来るみたいよ」 「山道を塞がれたら、陸の孤島、だな・・・」 僕の言葉に二人が沈黙する。 「ご、ごめん。不安にさせたくて言ったわけじゃないんだ」 「いや、そういう可能性も考慮しておかないとね。私、船酔いしちゃうから陸路で行くよ。二人はフェリーに乗ったらどう?」 「そうするか。じゃあ宿の候補は・・・」 三人で宿を探し、『ゆかりリゾートホテル』という宿泊施設に決めた。 「前日の二十四日に乗り込んで、二十六日に帰るってのはどう?」 「それでええよ」 「うん。頼んだ」 「オッケー、じゃあ電話するね」 裕美子がホテルに電話する。暫しやりとりをし、無事に予約がとれたらしい。親指と人差し指で輪を作り『オッケー』のサインを僕達に見せた。次いで透がフェリーにも電話をし、予約をとる。こちらも問題なかったらしい。 「よし・・・。一段落ついたね」 「ほな俺、仕事の準備して出るわ」 「私も帰って寝るよ。明日は仕事だし」 「裕美子ちゃん、ありがとうな」 僕も頷く。 「僕のために、ありがとう」 「いえいえ。『Xデー』まで、各自情報収集を怠らず、万全の状態で臨みましょう」 その後、三ヵ月間、僕達なりに情報収集をしたが、有益な情報は得られなかった。警察にも何度か出向いたが、対応は変わらなかった。自分を守る術も碌に持たないまま、僕は尾露智の土を踏んだ。
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