二章 潜入

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二章 潜入

「来ちゃいましたね」 「来ちゃいましたな」 十二月二十四日、時刻は正午過ぎ。ゆかりリゾートホテルの駐車場に車を停める。客室は六部屋と少ないが、立派なホテルだ。部屋の半分は僕達で占領している。裕美子は既に来ているらしい。駐車場に数台ある車の中に、裕美子の車もあった。僕達はホテルの扉を開け、中に入る。 「いらっしゃいませ」 熟年の男が柔らかい笑顔で僕達を出迎える。ネットで調べて知っていたが、このホテルは小規模なので、フロントはあるが常に誰か居るわけではない。呼び鈴を鳴らして用事を伝えるシステムらしい。今回はチェックインの時間を伝えていたので、フロントで待機していたようだ。 「予約していた原田です」 「はい。原田様ですね。こちらに記入をお願いします」 男は宿泊客名簿を示した。僕達は必要事項を記入する。男はそれを確認すると、小刻みに頷いた。 「わたくし、オーナーの高田と申します。お部屋にご案内しますね。お荷物お運びします」 高田さんは二人分の荷物を軽々と持ち上げ、二階へ続く階段を登った。二階は全て客室だ。僕達は部屋に案内されてそれぞれ荷物を置き、部屋の説明を受ける。足が伸ばせる浴槽とシャワーがついた浴室、浴室とは別の綺麗なトイレ。ベッドは広く、遠目に見てもフカフカだ。テレビとDVDプレイヤーもある。 一階に降り、食堂で食事の時間を説明される。許可をとればここで料理してもいいらしい。山菜採りや釣りを楽しんだ客向けのサービスだそうだ。最後に談話室に案内された。三人掛けのソファーが二つ、一人掛けのソファーが二つ、大きなテーブルを囲むように設置されている。部屋のものよりも大きなテレビがあり、ニュース番組が流れていた。ソファーには裕美子と、アンニュイな雰囲気を漂わせた女性が向かい合って座っている。 「やっほー! 待ってましたよー!」 裕美子がにっこり笑って手を振る。僕もそれに手を振り返した。 「では、失礼します」 高田さんが『従業員専用』と書かれたドアの向こうに去っていく。僕は裕美子の隣に、透は一人掛けのソファーに座った。 「こちら、斎藤芙美さん。私と同じ看護師なの。芙美さん、こちらの二人は私の親戚の原田透ちゃんと、原田優君です」 「透です。どうも」 「優です。こんにちは」 斎藤さんはにっこりと笑った。 「こんにちは。斎藤芙美です。透さんと、優さんですね。よろしくお願いします」 「裕美子ちゃん、もう仲良くなったの?」 透が裕美子に問いかける。裕美子は好奇心旺盛で社交的なので、友人関係を築くのが早い。とはいっても、友人以上の関係を築くのは嫌がっているので、親友や恋人は居ないが。 「芙美さん、すごいんだよ! 循環器科の看護師なんだって!」 「循環器科って何するところ?」 「血管と心臓だね」 「えっ! めっちゃ重要なところやん! 芙美さん、すごいですね!」 「アハハ、いえいえ。産婦人科の裕美子さんのほうがすごいですよ」 芙美さんも社交的な人間なのか、すぐに会話に打ち解けた。 「お二人はどんなお仕事を?」 「俺はカメラマンです」 「おおっ、芸術家ですね」 「いやいや、俺なんかよりもっと芸術家してるのが居ますよ。ね、優君?」 透に会話に加わるよう促され、僕は少し照れながら言った。 「小説家です・・・」 「えっ! すごい! ちなみにどんな本を?」 「代表作は『母性』と『哀歌』です」 「読んだことありますよ! 確か、伝奇ホラーでしたよね?」 「そうです」 「私の恋人がすごく気に入ってましたよ。会えたら喜んだだろうなあ・・・」 「恋人は一緒じゃないんですか?」 言ってから、しまった、と思った。芙美さんの表情が曇ったからだ。 「一緒じゃないんですよ。実は今日、恋人の一周忌なんです」 芙美さんはすぐに明るく笑った。 「あの、よかったら恋人の話を聞いてくれませんか? 話の種の一つにしてくれて構いませんから。秘密のお付き合いだったので、悩みを相談できる人も居なくて。聞いていただけると、胸がすっきりすると思うんです」 「僕達でよければ、どうぞ」 「ありがとうございます」 座ったままの体勢で、芙美さんはぺこりとお辞儀をした。 「・・・初めて出会ったのは、母のお腹の中でなんです」 「えっ?」 「彼、宍戸聖は小さな喫茶店の店主だったんです。私の両親はその店の常連客。『ネモフィラ』って名前の店でした。物心がついた頃には、私も彼の店の常連客になっていました」 つまり、相当な年の差があるということになる。 「私は小さい頃から、聖さんにぼんやりとした憧れがあったんです。成長するにつれて、それははっきりとした恋心に変わっていきました。聖さんはいろいろと鋭い人だったので、私の好意は筒抜けでした。日本では女性の結婚できる年齢が十六歳からなので、十六歳の誕生日に聖さんに告白したんです。聖さんは、告白を受けてくれました」 「ええっ」 透が思わずといった感じの声をあげる。 「フフフ、『犯罪』ですよね。聖さんは当時四十四歳。私とは二十八歳も年が離れていたんですから」 「だから『秘密のお付き合い』ですか・・・」 「そうなんです。私は勉強、仕事と忙しく、聖さんも接客業だから二人でゆっくり過ごした日は数えられるほどしかありませんけれど、とても充実した日々を過ごしていました。それが、二年前、聖さんが大病に罹ってしまって、一年の闘病も虚しく終わりました。ちゃんとした遺言があって、財産やお店はその通りに。年の離れた二人でしたから、お互いが死んだ後の話もよくしていたんです。その中の一つに・・・」 芙美さんは少し言葉を詰まらせた。 「ええと、『黄泉還り』っていうお話があるんですけど、知ってますか?」 僕達は顔を見合わせる。裕美子がそっと手を挙げた。 「尾露智町に伝わる風習の一つですよね?」 「あ、知ってましたか」 「いえ、詳しくは知らないんですよ」 「じゃあ、説明しますね」 芙美さんは黄泉還りについて詳しく述べた。僕達がネットで調べて得た知識と、芙美さんの述べた内容に違いはなかった。 『尾、尾、尾、鳩尾、尾。  お山で採れた水蜜桃。海に向かって投げりゃんせ。  赤き石を捧げたら、二拝、二拍手、一拝を。  こうべを垂れて祈りゃんせ。  露の陽より出づる者、黄泉より来る亡者なり。  未練絶たせて浄土を示す、蓮の花を食わしゃんせ。  命廻りて再び還る。お前のもとにやって来る。  尾、尾、尾。鳩尾、尾』 「・・・で、冒頭と末尾の『鳩尾』は、ここの山の名前の『鳩尾山』のことです。『赤き石』は、この辺りでは魚の内臓のことを『アカイシ』と呼んで釣りの餌にしているので、そのことです。『露の陽』は近く海の『露陽海岸』のことですね」 「ちょっと待って、『赤き石』って魚の内臓のことなん?」 透がそう言うと、芙美さんは隠すことなく透を訝しんだ。 「・・・若しかして、皆さんはユリアンナ教の人ですか?」 僕達はギョッとした。何故ここでその名前が出てくるのか。 「ユリアンナ教? なんですかそれ?」 透が一芝居打つ、上手くいったようで、芙美さんは表情を和らげた。 「・・・すみません、脱線しましたね」 芙美さんは話を続けた。 「尾露智町は聖さんの生まれ故郷なんです。遺言に『海洋散骨してほしい』という内容があったので、ここの海に骨を粉にして撒いたんです。本当なら四十九日に黄泉還りの儀式をしてあげるべきなんですけど、仕事が忙しくてどうしてもまとまった休みを取られなくて。せめて一周忌には、聖さんの生まれ故郷に伝わる儀式を執り行って、お見送りしてあげようと思ったんです。そんなわけで今朝、『黄泉還り』の儀式をしてきました」 にこりと芙美さんは笑った。 「聞いてくれてありがとうございました」 「素敵なお話をありがとうございました」 僕が礼を述べる。 「芙美さん、さっき言ってたユリアンナ教ってなんですか?」 裕美子が問うと、芙美さんも疑問なのか首を傾げた。 「んー、詳しくは知らないんですけど、このホテルって客室が六部屋あるでしょう? 裕美子さん達で三部屋、私を足して四部屋。残り二部屋なんですけど、なんか変な人が泊ってるんですよ」 「変な人?」 「若い女の子が二人。『椎名知美』と『阿藤こころ』って名乗ってました」 僕は思わず目を見開いた。裕美子と透も気持ちは同じらしい。 「椎名さんはいかにもギャルって感じの見た目で、阿藤さんはちょっとふくよかで質素な見た目です。椎名さんは私を見るなりいきなり年を聞いてきて、三十二歳だと答えたら『おばさんじゃん!』と言ってケラケラ笑ってました。阿藤さんはその横でオロオロしてて、一通り笑い終えた椎名さんに旅の目的を聞かれたので『友人のために黄泉還りの儀式をしにきた』と答えると、二人とも目の色を変えたんです」 芙美さんは首を元の位置に戻し、少し俯いた。 「黄泉還りについて知ってることを話すように言われたので、全て話しました。『赤き石』が魚の内臓のことだと伝えると、椎名さんは『そんなはずない!』って物凄い勢いで怒り出して、阿藤さんはまたオロオロ、って感じです」 「失礼なやっちゃなあ」 「ですよね。で、怒ったと思ったら急に落ち着いて、『ユリアンナ教に入りませんか?』って言いだしたんです。椎名さんはユリアンナ教の教祖で、阿藤さんはその世話役だって言うんですよ。私は宗教に興味がないので丁重にお断りしたんですけど、結構しつこくて」 「どんなふうに勧誘されたんですか?」 「『死にたいと思ったことはないか』と聞かれましたね。生きていれば当然、辛いこともある。ふとした瞬間に死にたくなることだってある。大きな辛いことが急にやって来てしまったり、小さな辛いことが積み重なってしまったりして、本当に死んでしまう人も居る。人は簡単に人を殺すことができる。一番殺しやすいのが、自分。だから『自殺』というんだと。ここはちょっと納得しましたね」 「ほほう、なかなか的を射たこと言ってますなあ」 「自殺したい人のことを『自殺志願者』と呼ぶそうですね。彼女達ユリアンナ教は、その自殺志願者に健康で文化的な活動をさせて、生きる活力を取り戻させ、自殺志願者を一人でも多く救うことを目標としているらしいです。自殺志願者じゃなくても、ボランティアの一つとして入信する人もいるそうで、あなたもどうか、と。丁重にお断りしたんですが、そうしたら変なことを言い出して・・・」 芙美さんは内緒話をするように口元に手を添え、声を落とす。 「なんでも、椎名さんにはミーちゃんのお告げって呼んでいる特別な力があって、神の言葉を大天使ミカエルが椎名さんに伝えてくれるんだとか。そのお告げがとてもよく『当たる』ので、『今からあなたの悩みを解決に導いてあげましょうか』とかなんとか言ってましたね。危ないヤツだと思ってきっぱりお断りして、自分の部屋までスタコラサッサという感じです」 「うっわあ、胡散臭いですね・・・」 「所謂『カルト団体』ってやつですか? 神秘的なことをするカリスマ的人間が教祖となって教えを説き、悩みを持つ者がその教えに縋ることで安寧を得る。そこに権力やら金銭、ときには性愛が絡んでグチャグチャのヌチョヌチョってヤツですよ」 結構はっきり物を言う芙美さんに吃驚したが、教祖の椎名と世話役の阿藤はそれだけ強烈な人物だったのかもしれない。 「あのー・・・」 僕は疑問を口にした。 「何故、教祖と世話役がこんな田舎町のホテルへ? 他の信者はどこに?」 「町の中心部のホテルを貸し切ってるみたいですよ。椎名さんと阿藤さんはお忍びで、信者達とは別のホテルに泊まってるんですって。椎名さんがそう自慢してました。いやー、おかげさまで酷い目に遭いましたよ」 「えっ、何かされたんですか?」 「何かされたわけじゃないけど、ホテル側がね・・・」 芙美さんは溜息を吐き、肩を竦ませた。 「私は半年前から、つまり六月から町の中心部にある安いホテルに予約を取っていたんですけど、十一月に入って少し経ってから、急にホテル側から予約をキャンセルされたんです。で、ちょっとカチンときたのでどうしてキャンセルするのか問いただしたんです。返ってきた答えは、団体客が宿泊するから、その団体客の中に懇意にしている人が居て、どうしても断れないから、でした。揉めても仕方がないので別のホテルを探して、ここを見つけたんです」 「うわ、そりゃ災難や・・・」 「おっと、噂をすれば影、ですよ」 誰かが荒っぽい足音を立てながら階段を降りてくる。談話室を覗き込んだのは、背が高く細い女性と、背が低く太い女性だった。背の高い方が椎名知美で間違いない。とすると、もう一人が世話役の阿藤こころだ。 「こーんにーちはー!」 妙に鼻声で呂律が回っていない椎名の挨拶が談話室に響き渡った。椎名は談話室に入ると、僕の隣に座る。ふわりと漂った香水に僕は少し嫌な気持ちになる。阿藤は黙って、一人掛けのソファーに座った。自信満々、元気溌剌といった椎名とは違い、どこか怯えた表情をしている。椎名がいきなり、僕の肩を両手で掴んできたので、僕は吃驚してしまった。 「お兄さん、超綺麗ー! 最初、女の人かと思ったー! 名前は? 歳、幾つ? 何の仕事してるのー? モデルとかー?」 僕は肩に乗せられた手に自分の手を添え、そっと肩から手を外させた。僕はにこりと微笑む。すると、椎名は吃驚した様子で、大人しく手を自分の太腿に乗せた。 「僕の名前は原田優。年は三十四歳。仕事は小説家ですよ」 「優さんっていうんだー! 三十四歳!? 見えなーい! 二十代前半かと思ったー! 小説家ってすっごーい! あとでサインちょうだーい!」 椎名はそう言って、一人でケラケラ笑い始めた。 「あたしぃ、椎名知美! ピチピチの二十四歳でーす! あっちは友達の阿藤こころ。マッチョのおにいさんとおばさんは優さんの友達なのー?」 こういう性格なのか、計算して挑発しているのかは分からない。どちらにせよ、僕は椎名に良い印象を抱けなかった。 「俺は原田透。優君の親戚」 「私は市川裕美子。同じく優の親戚だよ」 透も裕美子も挑発に乗るほど安くない。 「ふうーん」 二人の反応が面白くなかったのか、椎名は僕に視線を向ける。阿藤は黙って俯き、時々チラチラと僕達を見ていた。 「優さんって『七瀬さん』にそっくりだね! おっもしろーい! 今、写真見せてあげる!」 そう言って椎名は携帯を弄りだし、携帯の画面を僕に見せた。僕は思わず息を飲んだ。父が映っていたのだ。感情を悟られないように、僕は心を落ち着け、対応する。 「うわ! 本当にそっくりですね! 椎名さん、この人と知り合いなんですか?」 「七瀬さんはユリアンナ教の信者だよ! ・・・こころ! 説明して!」 椎名は阿藤に対して鋭い声を発した。阿藤が身を縮こませながら、口を開く。 「あ、あの、私達、ユリアンナ教っていう名前の宗教団体でして・・・」 阿藤は詳しく語り始めた。ネットで調べて既に知っている内容だったので、退屈な時間だった。阿藤は椎名のミーちゃんのお告げについては伏せて語った。 「・・・で、そのユリアンナ教の教祖が、知美なんです」 「教祖っていったら、一番偉い人じゃないですか! 椎名さん、すごいですね!」 「エヘヘ、まあねー!」 「今回の活動内容は、都会の喧騒から離れて自然豊かな尾露智町で休養することと、黄泉還りの体験と寒中水泳、そしてルビー祭りなんですね?」 「え? あー、うん。まあそんな感じ」 椎名知美、こいつあんまり頭が良くないな、と思った。僕は父の手掛かりを得るため、少し大胆に切り込んだ。 「七瀬さんって人も、ルビー祭りに?」 「ルビー祭りの後、皆で食事会するの! そこに来るよ!」 「ちょ、ちょっと知美! 個人情報には守秘義務が、」 「うっさいな! 黙っててよ!」 椎名にきつい態度であたられ、阿藤は落ち込んだ表情で黙る。 「・・・僕、ユリアンナ教に興味が沸いてきたな」 そう言うと、透と裕美子が視線を寄越した。二人とも黙って頷く。椎名が手をパチパチと叩き合わせた。 「入信するんだったら、手続きは後でこころにさせるよ! ・・・その前にぃ、『良いこと』教えてあげよっか?」 僕は何となく予想できた。ミーちゃんのお告げだろう。 「入信するかどうかは、ルビー祭りを見学させてもらってからにできませんか? できればそのあとの食事会にも参加したいです」 「えー? 今、入信してもいいじゃん?」 「どんな活動をしているのか、どんな人が居るのか、この目で見て確かめたいんです。ユリアンナ教が素晴らしい宗教団体だと思ったら、本にしたいし・・・」 『本にしたい』の言葉に、椎名が笑顔で反応した。 「本!?」 「本です。詳しいことはルビー祭りを見学して、食事会に参加して、入信してから話し合いましょう」 僕は念を押した。 「いいよ! じゃあ、『良いこと』を教えてあげるね!」 椎名は胸に両手をあてた。 「あたしね、神の声が聞こえるの」 「と、知美! お告げは『あの人』の許可なくやっちゃ駄目だって何度も言われたじゃない!」 「うっせーんだよ! 『あの人』もあたしのお告げには敵わないんだから、黙ってればバレないって!」 「で、でも、」 「黙ってろ!!」 言い争いの末、阿藤が負けた。 「ミーちゃんはね、なんでも知ってるんだよ・・・」 椎名は笑った。 「・・・優さんの悩み。三つあるんだ」 三つと言われれば確かに三つある。 「一つ。もっと有名になってお金を稼ぎたいこと。恋人の負担になりたくないんだね」 当たっている。椎名は続ける。 「二つ。大学に行きたいんだ。でも、お金と時間がかかるし、一人で新しい環境に飛び込むのが不安だから、行きたくても行けないんだね。家族や恋人に相談することもできない、秘密の悩みなんだ」 透や裕美子に黙っていた悩みをあっさりとバラされ、僕は鳥肌が立った。 「三つ。何かを探してる? 大丈夫。すぐ見つかるよ」 椎名は胸に添えた手をおろした。 「どう? 当たってるでしょ?」 「・・・はい。当たってます」 「ルビー祭りは明日の午後二時からなの! あたしの車に乗せてあげるね! ねえねえ、他の三人は来るの?」 透と裕美子が顔を見合わせる。芙美さんは手を振って断った。 「私は結構です」 「あっそ。他の二人はー?」   「俺も見学しようかな」 「私も見学する」 「こころ! 男性二人と女性一人、見学するから!」 「・・・はい」 「じゃあ、優さん! あたし達、やらなきゃいけないことがあるから行くね。明日の一時半には談話室に集まって待っててね! ・・・こころ! 行くよ!」 「は、はい・・・」 二人は去っていった。車が遠ざかる音が消えていく。 「思わぬところで手掛かりを得たね・・・」 「『あの人』って誰のことや・・・」 「さあ・・・?」 僕達は囁くように言い合う。 「三人は、何か事情があってユリアンナ教に?」 ほんの少し拒絶の感情を混ぜた声色で、芙美さんが言った。 「なんと説明すればいいのか・・・」 僕は芙美さんの目を真っ直ぐ見た。昔は女性と視線を合わせることすら怖かった僕が、真摯な気持ちを伝えるため、女性である芙美さんの目を見た。芙美さんは、真っ直ぐ見つめ返してきた。 「芙美さんを危険に巻き込むかもしれないので、詳しくは言えません。でも、少しだけ。僕の探しているモノの手掛かりが、『ユリアンナ教』にあるんです。彼女達に出会えたのは偶然です。幸運、奇跡といってよいでしょう。僕はこの機会を逃すわけにはいかないんです」 芙美さんは表情を和らげた。 「そうですか・・・。余計なお世話かもしれませんけど、木乃伊取りが木乃伊にならないように気を付けてくださいね」 「ありがとうございます」 「私は明後日の昼に帰ります。それまでは聖さんが生前通った場所に行くつもりなんです。そういう訳で、お昼は外で食べてきます。失礼しますね」 「はい。また」 芙美さんも談話室を出て行った。残ったのは僕と透と裕美子。三人で考える。 「ごめん、二人共。突っ走って色々決めてしまった」 「ええよ」 「私も構わないよ」 「俺の予感が当たってしもうたな。当たらんでええのに」 「ユリアンナ教ねえ・・・」 そうして二人は黙り込んだ。 「・・・あの」 沈黙を切り崩したのは僕だ。 「お告げで言っていたこと、全部当たってるんだ。だからその、僕が大学に行きたい、というのも・・・」 誰にも言わずに何かしらの形で消化しようとしていた秘かな願望を、僕は口にする。 「どこの大学行きたいとか希望はあるん?」 「〇〇大学の文学部、を、通信教育で・・・」 「通信っていったって、何度かは学校に行かなくちゃいけないよ?」 「わ、分かってるよ。高校がそうだったし」 僕は高校は通信制高校で学び、卒業を修めている。 「分かってるんだよ。今更行ったところで、別段生活が変わるわけじゃないのは。勉強なら家でもできるんだから、小説を書こうと悩んでいる時間を勉強にあてればいいんだ。それで資格でも取ればいい。お金の問題だってそうだ。一応、小説家として、あっちこっちでちょこちょこ書いて小銭を貰ってはいるけれど、僕は養ってもらってる立場だ。透さんにおんぶにだっこだからさ」 そう言うと、透は静かに怒った。怒るのを分かってて言ったので、僕は心臓をドキドキさせた。 「馬鹿!!」 裕美子が鋭い声を発した。 「優の馬鹿!! 馬鹿馬鹿、馬ーッ鹿!! ごちゃごちゃ言い訳する暇があるなら大学行け!! 馬鹿!!」 「行きたいんやったら行ったらええがな・・・」 「はー! 馬鹿じゃないの? ま、いいやこの話は。ここから帰ったら二人でゆっくり話し合ってよ」 「そうする」 「そうします」 僕は項垂れた。 「さて、明日のルビー祭りまで、何もないといいけど・・・」 「そうやなあ・・・」 「・・・とりあえずお昼食べません?」 恥ずかしながらお腹が空いている。透と裕美子はくすりと笑顔を零した。その後、食堂で食事を済ませ、各々の部屋に戻り、念のため、戸締りをしっかりと確認した。用心のために透が僕の部屋に来て、結局そのまま、二人でベッドで寝ることにした。部屋代は払っているので問題ないだろう。 「優君」 「はい」 「明日は、俺から離れるなよ」 透の瞳は、ひたすらに優しかった。 「透さんが居なかったら、僕は寂しくて生きていけません」 薄明りの中で透は嬉しそうに笑った。 「おやすみ」 「おやすみなさい」
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