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頭上を何かが通り過ぎたような足音が聞こえた気がしてぼんやりと意識が目覚める。薄く目を開いたが、まだ薄暗く夜中のようだ。両隣からも寝息が聞こえ、虫の鳴き声と時折ホーホーというフクロウの声がするだけだ。
気のせいだったかとまた眠りに落ちかけた時だった。
「夏彦、借り物競争中なんだ一緒に来い!」
誰かが父を呼んでいると思ったら、急に陽翔の腕が引っ張られた。驚いて目を開くと白い影が陽翔の腕を掴んでいる。あっけに取られて声も出せずにいると、周りの景色が室内から外へと一瞬で変わってしまっていた。
外に突然放り出された陽翔は目を大きく見開き固まってしまった。月の光と青白い光に照らされたこの場所には、夜中なのになぜか多くの人がいる。男も女もいたが皆、着物姿。黒い着物も見えたが多くは白い着物を着て頭に赤か白の鉢巻をまいていた。そして男たちは着物の裾を帯に挟んでまくり上げており、ステテコを履いた足を晒していた。
「よし! わしが一番だな!」
声にはっとして顔を向けると、白い着物を着た老人が片腕を上げて喜んでいた。もう片方の腕は陽翔の腕をしっかり掴んでいる。陽翔が見たあの白い影はこの老人の着物のようだ。
喜んでいる老人と事態が呑み込めない陽翔の元へ、黒い着物の男が近づいて来る。その顔を見て陽翔は「ひっ」と悲鳴を上げた。その男の額の両端から二本の角が生えており、鋭い目ととがった耳を持っていて昔話の鬼のようだったのだ。逃げたかったが、腕を掴まれていては離れられない。せめてもの抵抗で老人の背後に隠れた。
「残念ですが失格です」
老人の前まで来た鬼は淡々と言った。その言葉に老人は喜びから一転、眉間に皺を寄せて鬼に食って掛かる。
「おい! わしが失格とはどういうことだ!」
「貴方へのお題は孫でした。なのにひ孫を連れて来たんですからしょうがないでしょう」
「なにを! これは孫の夏彦――」
そこで陽翔に目を向けた老人はようやく人違いに気づいたらしい。言葉を詰まらせたが「孫もひ孫も変わらん!」とよく分からないことを言う。失格を取り消せと抗議しているが相手にされてない。
鬼に気を取られて、いつの間にか老人の手が陽翔から離れていた。このチャンスに気づかれないようにそろそろと二人から離れる。
どこに行けばいいか分からないけど、とにかくここから逃げないと。
その時だった。
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