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閃光と共に、気付けば見知らぬ場所にいた。
ここはどこ? 石造りの部屋。見慣れない服装の連中に囲まれている。
「おお、成功! 成功したぞ! これが異世界転移かっ!」
「素晴らしいですぞ! さあ、王子! 契約をなさいませ!」
着飾りからもう馬鹿っぽさが滲み出ているひょろっちい王子と呼ばれた男と、太鼓持ちっぽいおじいちゃんが勝手に盛り上がっている。
「おお、汝が名を告げよ、異世界より召喚されし乙女よ!」
それはアタシか? アタシのことか? アタシは……ごめんねえ、とにかくこういうときってまずは難癖を付けずに居られない性分なんだよね。
「乙女って処女ってことだよねえ? それってセクハラじゃない!?」
一瞬その場が凍り付いた。次の瞬間偉そうな男が逆ギレする。
「はあ? 良いからさっさと名を告げよ!」
「良くないわオラァ!」
アタシは叫ぶや否や立ち上がると蹴飛ばさんばかりに勢いよく王子に迫った。
「アタシが処女とかそうじゃないとか、なーんでアンタが語ってんのって話よ!」
「そ、そのような話はしておらぬ!」
「してないならしてないって最初から言いなさいよ! なにが『良いから』よナメくさって許さないわよ!?」
腰を抜かして床にへたり込む上品な感じの男にガンガン迫るアタシ。
「す、すまぬ……言葉の綾であった! そのほうが礼に叶うのではと思ったのだ!」
悲鳴のように告げる彼の言葉に反省と屈服の意を察してアタシはそこで溜飲を下げることにした。こういうのは自然に下がるもんじゃない。意図的に下げるもんなのよ。
「はあ……そこまで言うなら大目にみましょう。アンタ名前は?」
「え、私か? いや、そもそも私がお前の名を問うたのだが?」
「アンタ王子だっけ。オタクの国じゃ誰も彼も相手に先に名乗らせるわけ?」
「ぐっ……しかし身分というものが」
まだ格付けが十分じゃなかったみたいね。アタシは両手を腰に当てたまま顔だけを鼻が触れるほど近付ける。
「アンタさあ、異世界人召喚したって自覚あんのよね? ぜんぜん違う世界の相手に自国の身分制度でマウント取ろうなんて図々しいにもほどがあるんじゃない? それもこんな小娘ひとりにさあ」
「ぐぬぬ」
王子は憤怒と恥辱で血反吐を吐けそうなくらい顔を赤くしてからボソボソと答える。
「私はハンス・モーヴィット・ギューゼンヴァーレン。大陸中央を支配する帝国の、だ、第三王子である」
「ほーん、ハンス第三王子ね。つまり最低でも第二と第一の王子がいるわけだ。良いわよ話を続けましょう。アタシが召喚されたのはお家争いの一環って感じ?」
「お、お前は余計なことは知らなくて良い……それより、この国では異世界召喚された者の名を聞かねばならぬ習わしがあるのだ……汝の名を、その……教えてくれ」
召喚理由を余計なことって言われるのめっちゃ腹立つな第三王子風情が。急に下手に出てるし。
「アーターシーはー!」
だから、めちゃめちゃデカい声で言ってやった。
「まず自分が召喚された理由がめっちゃ気になるんですけどお!! ねえハンス様あ!?」
彼は涙目で耳を塞いでアタシの言葉を聞いてから、渋々答える。
「こ、この国では定期的に異世界召喚を行っておるのだ。それは王族の監視下で行われる決まりゆえ、それぞれ王子王女が監督しておる」
「つまりこれって定例行事で、特別な理由は無い、と」
「そ、そうだ。無いのだ」
ようやく酸素を得られたかのような顔に、アタシは額をぶつけて嫌味たっぷりの笑みを贈ってやる。
「じゃあじゃあ王子様、その特別感のない定例行事に召喚されちゃったアタシにかける言葉ってなんだと思う?」
一瞬で縮みあがる王子の表情。
「え、ええ!? ……すまん……だが出来れば、どうか力を貸して欲しい」
ふむん。まあちょっと微妙だけど一応格付け完了かな? アタシは幸いにも唯一ひとより自慢できそうな胸を張ってセルフレームの眼鏡を押し上げドヤ顔で答える。
「まあいいでしょハンス王子様。アタシの名前は山田美咲。えっと、もしかしてファーストネームが先? ミサキ・ヤマダのほうがいいのかな?」
せっかく答えてあげたんだから少しはありがたがると思ってたんだけど、残念ながら王子は、そして周りの偉そうな連中も衛兵っぽい連中もどういうわけだか総じて震え上がるだけだった。
「タ、ターロンの……眷属、だと……」
「誰それ」
「こ、こちらの話だからお前、いやミサキは気にしなくてよい! おい! 爺や彼女を丁重にもてなせ! 絶対粗相のないようにな! あとターロン伯に至急連絡しろ!」
それから、誰ひとりとして会話らしい会話をしてくれず、高級ホテルのような部屋となにも知らない侍女をあてがわれ、翌朝にはこれでもかというほどのモーニングビュッフェを振る舞われた上で超高級っぽい馬車に放り込まれた。
それからというもの、王子様も爺やも居ないまま誰に聞いても「知らない」「聞いてない」の一点張り。いや、アンタらめっちゃ顔引き攣ってんじゃん。この連中、明らかにアタシが【なに】で【どこ】に運んでるのか知って黙ってるよね。
ふむ……とはいえ。
彼らはそれなりの地位や権力に仕えてるだけで所詮は下っ端。いくら圧を掛けてもよそ者のアタシが話を聞くのは無理かな?
昨晩の王子は本人が責任者みたいなもんだけど、こいつらには『お上のご命令ですので』という究極免罪符がある。
聞けば三日もすれば目的地という話だけれども、三日で彼らを懐柔できるようなコミュ力は勿論無い。
無いのだ。
無いよ。
こっち見んな。
つまり次善の策【大人しくしておこう】というやつだ。大人しくしておくのはとてもいい。余計な問題を起こさないし、同行者にも印象が良い。
アタシは道中そこそこ彼ら全員に、それこそ露骨なほど全員に、愛想良く道中を過ごしたのだった。
三日後、初体験だったのでよくわからないけれどもそれなりに早かったのだろう。一行は目的の街へと辿り着いた。
がっちりと高い石壁で囲まれたその街はアタシが出立した恐らくは首都とも、ここまで通ってきたいくつかの村々とも違った威容溢れる佇まいだ。
「ほーん、なんか他の街とか村とは違うねえ」
アタシの何気ない感想に、馬車に同乗していた可哀想なメイドさんがぼそりと呟く。
「ここは、選帝侯ターロン伯のおわす街で、ございますから……」
今にも泣き出しそうだ。
アタシは今でもどちらかと言えば自分が被害者だと思ってるけど、彼女ら他下っ端の様子を見てるとなんだか申し訳ない気持ちにもなってくる。
「そのターロン伯ってなんなのよ。そんなヤバい奴なわけ?」
選帝侯って皇帝を選ぶポジのひとだっけ? それが皇帝より堅牢な街に住んでるのおかしくない? 口に出そうと思ったけれども、メイドさんもおなじ結論に至っているのだろう。
「これ以上はわたくしからは……お、お許しを……」
と、そう言われてはもうなにを言っても彼女を無為に責めるだけだろう。アタシは溜息を吐いてこの話を終わらせた。
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