森に還る

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「ただいま」 アパートの部屋に帰るとそこには、あの日から彼女がいる。 「今日はグラタンにするよ」 買い物袋を、テーブルに置く。 返事はない。 「最近寒くなってきたからね」 僕は微笑みかける。 返事はない。 これこそが僕の日常。 彼女はそこに座っている。テーブルの椅子に座ったまま、根を絡み付かせ、テーブルとも椅子とも同化しかけている。 あの日、何があったのか、会社でオロオロするだけだった僕は知らない。彼女はどうにかこの部屋に辿りつき、ここで力尽きたのだ。最後の最後に僕のことを思いだしてくれたのだ。 ……もしかしたら、僕に助けてほしかったのかもしれない。最後に会いたいと、僕を待っていてくれたのかもしれない。 木になってしまっているが、僕はその(ねじ)れた木肌に彼女の面影を見る。 椅子に座った格好のまま木になった彼女は、どこか人間らしさを残している。こんなケースは珍しいと言われる。 おはよう、行ってきます、ただいま、おやすみ。 僕は、毎日彼女に話しかけている。 僕の好きだった彼女。僕のことを好いていてくれた彼女。 両思いなのは、薄々気付いていた。 人間だったうちに、付き合うことは出来なかったけれど。
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