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僕はもう20代後半になった。彼女は、先に旅立った。最後の全国模試の成績優秀者にはちゃんと名前が載っていた。唯一、足を引っ張った国語は、あの年にしては人生の何たるかを考え抜きすぎていた彼女の記述式回答にケチが付いたに違いないと思っている。
僕は、可もなく不可もなく大人になった。花火師になったので、就活は経験しなかった。高校を卒業して、すぐに父親の見習いになった。
今日は、彼女に満開の笑顔を授けた花火大会の日。僕の1年はいつも、1月1日でも、4月1日でもなく、この日で区切られている気がする。必ず、あの夜の事を思い出して、そして新しい一年に一歩を踏み出す。あの夜から、それの繰り返しだ。
「緊張してんのか?」
父さんが話しかけてくる
「ううん、感慨深いだけ」
「初めて仕切るのが、怖いか?」
「ほんの少し、かな」
「思い切ってやれ、あと、楽しめ」
1時間30分の中の10分、自分が初めて製造やイベントの打ち合わせから携わった花火が打ちあがる。資材の運搬や設営など、肉体仕事はあらかた片付き、あとは打ち上げまで問題なく完遂できることを祈るばかりだ。
人がどんどんと増えてくる。朝からブルーシートで陣取っている人、スーツ姿でおそらく会社の人数分の場所取りをさせられている若いスーツ姿の人たち、浴衣姿の女性のグループ、そして恋人たち。僕たちも昔はあのカップルたちのうちの一つだったのだ。自分たちをカップルとは呼ばなかったけれど。彼女が大人になって浴衣を着ている姿を想像する。似合わないわけがない。
中学や高校時代の友達は僕が花火師になったことを知っているので、毎年顔を出してくれる。「うーっす、久しぶり」、「終わった後、飲みに行こうぜ」と決まり文句のような言葉をかけてくれる彼らの顔を見れることも、花火大会の日が自分にとって1年の区切りに思える大きな理由だ。今年は自分が仕切っているパートがあると伝えると揃ってスマホのメモ帳に時間帯を打ち込んでいる憎めない奴らだ。
空はようやく暗さを帯びて、一発目の花火が打ちあがる。数分おきにこれは今日の目玉なんじゃないかという豪華な花火が打ちあがり、その数分後にはまた今日の目玉の花火が更新される。期待をどんどん超えていく。それが花火大会をどんどんと盛り上げる。鮮やかな光と闇が交互に現れ、この時間だけは日常とは切り離された特別に思える。
開始から25分、自分のパートがやってくる。観客がリアクションしてくれるかどうか、それも気になるけど「やっとここまで来たよ」の気持ちが強い。もちろん、気持ちは彼女に向けて。
どかんどかんと大輪の花火が打ちあがる。天高く、大輪の花火が咲き誇る。
「うわぁ~、ヒマワリみたいだね」と、子どもを抱えたお母さんが言う。正解、ヒマワリ。ちょっと太陽にも見える。
3つ同時に打ち上がったり、5つ同時に花開いたり。でも4つ同時は縁起が悪いから打ち上げない。図書委員の時、4て数字は不吉だから、図書室のナンバリングから外そうと彼女が言ったら雑務を増やすなと先生に怒られた。僕は生まれて初めて、先生と口論をした。
数字に見える型物の花火を打ち上げる。番号は入れ替えてる。見た人は勝手に最近有名な将棋棋士が何段だとか、何連勝したとか、そんなことを話し合っているのが聞こえる。本当は彼女の全国模試の順位や誕生日だったりする。でも、それは僕にしか分からない。
菊の形をした、紫色の花火、僕と彼女がそろってファンだったサッカーチームのカラー。都知事のスカーフの色じゃないか?と言っている社会人。それは初めて知った。
何の作品かはあんまりぴんと来ない可愛いキャラクター。彼女が大好きな小説に想像で付け足した挿絵。必死で思い出そうとしている子どもたちには、少し申し訳ない。
尾を引いてゆっくり垂れていくような冠の花火。彼女が、自分の髪型みたいだとこっちを向いて笑った花火。
最後は、オーソドックスな牡丹の花火。彼女がまだ、絵を描ける間に描いてもらった絵が大観衆の前に披露される。注目度はきっと、全国模試よりも高い。
花火の音や観衆の声に混じって彼女の笑い声が聞こえる。僕にだけ聞こえる。
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