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「あの、私の事、何か聞いていますか?」
探るように聞いてきた。
「確か、振られたって」
「あ、そうなんですけど・・・」
何か言いたそうに口を開いたが、それ以上続けなかった。
「あの、俺の事って」
「はい、聞いています。凄いですよね。自分より他人の事を考えれるなんて」
何をどう聞いたらそういう印象を抱くんだ。
「いや、そんな人間ではないんですけど」
「本当、憧れます。人間、どうしても自分優先でかんがえてしまいますし」
どうしたのものか。先ほどから会話がすれ違っている。
「あの、何を聞いたかは知りませんが、理恵さん、いや、もう理恵って呼びます。あいつが言っていることは多分、違いますよ」
「え、大事な用があったのに、お姉ちゃんの為にそれを断ったのも?」
「それは、本当ですけど」
ほらやっぱり、と満足げに頷く珠恵さん。
「何を断ったか聞いてます?」
「それは、聞いてないです」
肝心な所を言っていない。俺はため息交じりに答えた。
「彼女とのデートを断ったんですよ。それも、丁度一年記念日の時でした」
その言葉に、彼女の口角が上がったまま固まった。
「高校生の時です。理恵からいきなり電話が掛かってきて、相談に乗って欲しいって言われまして。あいつには、いつも相談に乗って貰っていたんです。正直、恩を感じていて。あいつが相談に乗ってと言ってきたのは初めてでした。ただ事じゃ無いって思った俺は、彼女とのデートよりもそっちを優先したんです」
自分の胸に聞いてみなさい。
思い当たる節がいくつもあった。
「あいつに言われたんですよ。好きじゃ無かったんでしょって。そう思われても仕方ないですよね。だって、俺はいつも彼女を優先した訳じゃ無かった。自分の用事を優先したこともありました。彼女が最後に言った言葉は、見てくれていなかった、でした。今ならその意味が分かります」
珠恵さんは何も言わず固まっている。店主が注文した品を持ってきてそれぞれ目の前に置いた。
失言だった。初対面の人に言う話では無い。
「一つ、質問いいですか?」
おずおずと訪ねてくる。俺は頷いた。
「もし、お姉ちゃんの相談された日に、彼女さんにも相談されたならどっちを優先しましたか?」
「それは、彼女ですかね」
その答えに彼女は微笑んだ。そして、私の話をしていいですか?と前置きをして話し始める。
「私、五年間付き合っていた彼と別れたんです。結婚の約束もしていたんですよ。彼とは大学も同じだったんですけど、一緒に過ごす時間が多い方じゃ無かったと思います。学校では顔を合わせるけど、それ以外ではあんまり。でも、それでもいいと思ったんです。会う頻度が少なくても、顔を見る度にやっぱり好きだなぁって思えましたし」
優しい人だったんですよ、と過去形で話す。
「あの、失礼を承知でお聞きするのですが、どうして別れたんですか?」
妙に堅っ苦しい言葉遣いが可笑しかったのか、珠代さんは少し笑った。その後、ゆっくりとサングラスをとって目を合わせてくる。
「分かりますか?」
俺は目を覗き込む。
目の中心部が、黒では無く、白く濁っていた。それも、左右どちらも同じように。
「若年白内障なんです」
「じゃく、何です?」
「簡単に言うと、目の病気です。お医者さんの言葉を借りると、眼の中にある水晶体?この部分が濁ってしまう病気らしいんです。年配の方に見られる病らしいのですが、私のように20代そこそこでなる時に若年ってつくそうです。とても珍しいって言われました」
何かを諦めるように説明を続ける。
「私も気づいたのが数ヶ月前からなんです。ある日、急に視界がぼやけてしまって。今では色々な物が白くぼやけて映ってしまいます」
視界が白く。想像が出来なかった。
「それは、治るんですか?」
「手術をすれば、大丈夫とのことです」
それを聞いて胸をなで下ろす。
良かった。
珠恵さんはまた微笑んで、サングラスを掛け直した。
「でもそれが何で別れる理由に?」
「分かりませんか?」
「はい」
少し間を置いた後に「やっぱり優しいですね」と言った。
「彼も、最初は敦さんみたいに言ってくれたんです。病院に行けって。それで、白内障だって言うとその場で調べてくれたんです」
俺でもそうする。
「その後、彼、うわって声を漏らしたんです」
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