星が流れる夜に、彼女は目を閉じる

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嫌な物を見たような声でした。寂しそうに答える。 「画面を覗くと、白内障の症状が末期の方の画像が出てきて、その画像と私を見比べたんです」 彼女は当時を思い出すように続ける。 「あぁ、大変だね。と言った彼は、その二日後に連絡してきました。別れようって」 「どうして」 「私も聞いたんですけど、彼は、余計な事に気を取られず生きてくれって。俺が足を引っ張ったら駄目だろうって。よく分からない事を言われました」 「本当に、分からない」 俺は会ったことも無いその男に嫌悪感を抱いた。 そいつは、きっと逃げたのだ。珠恵さんから。 「でも、今なら分かる気がします」 「何が」 「きっと、いずれ目が見えなくなる人と暮らす自分の姿を、想像出来なかったんだと思います」 「でも、治るんですよね」 そう聞くと、彼女は「そうですね」と困ったように笑った。 「そんな酷い男とは別れて正解ですよ」 「私も同じなんですよね」 同じ? 「私、彼の事言えないんですよ。その画像を見て、同じような感覚を抱きました。うわって。その後、私はここまではならないよって、思ったんですよ。それって、彼より酷いでしょ?」 「それは」 沈黙が流れる。 違う。でも、何が違う。抱く感情は間違いなく違うと確信を持っているのに、言葉に出来なかった。 「敦さんは、彼女さんの事を見ていなかったって言っていましたけど、そんな事ないと思います。相手の気持ちを想像して、寄り添える人だと思います」 そんなことは、ない。 「あぁ、ごめんなさい、変な事を言って。違う話、そうだ、お姉ちゃんの話をさせてください」 彼女はどこまでも明るく語りかけた。俺は、話している内容が全く耳に残らなかった。 「今日はありがとうございました」 こちらこそ、と返すが、俺の声はいかにも不満げだった。 その反応を見て、珠恵さんも困っているのが分かる。 「じゃあ、またどこかで」 「あの、手術はするんですよね?」 振り返った彼女の姿は弱々しく映る。 「迷っているんです。手術をすれば、良くなるとはいわれているんですけど」 「何を迷っているんです」 「万が一、の事を考えてしまって。ぼやけてでも見える景色が、見えなくなったらって思うと」 このままじゃあ駄目だって分かっているんですけど、と続けた。 俺には分からなかった。彼女の苦悩が。 「でも、今日勇気を貰ったので、ちょっと頑張ってみます」 最後まで丁寧に会釈をして、彼女は駅の方へと歩いて行った。 送りますよ、そんな言葉もかけれずに俺はただ立ち尽くしていた。 それから二日後、理恵から電話が掛かってきた。 『あんた、何で連絡をしてこないの』 今日は酔っていないようだ。なので、余計に耳が痛い。 「何の」 『決まってるでしょ。この前の珠恵とのデートの事よ』 「デートなんかじゃないよ」 『そういうのいいから。で、どうだったの』 お前が言ったんじゃ無いか。 「何で、彼女の目が病気だって事前に教えてくれなかった」 そう聞くと、理恵はどうでもいい、といったようにため息をついた。 『知ってどうするの?行くのやめた?」 「そんなわけないだろ」 『でしょ?あんたがそういう奴だから、敢えて言う必要がないと思ったのよ』 「事前に言ってくれれば、配慮とか、色々出来ただろ」 『あら、何の配慮?』 そう聞かれ、返事に困る。 『あの子は配慮されるのが一番嫌なのよ』 それは、何となく分かる。 「じゃあ、何で彼女に会わせた?」 『珠恵があなたに会いたがっていたからよ。それ以外に理由はない。彼女、傷ついていたわよ』 傷ついていた?知らず知らずの内に、傷つけてしまっていたのだろうか。俺は一気に不安になる。 『重たい話を沢山してしまった。嫌がられてしまったかも知れない』 「そんな事ない」 『そう。なら良かった。だったら本人に言ってあげなさい』 俺は答えなかった。 若年白内障の事をあれから調べた。確かに彼女の言うとおり、進行は早いが、手術自体はそこまでリスクがあるわけでは無いらしい。 だったら早くしたらいいのに、と思うのは、客観的に見ているからだ。当事者の心情は、本人にしか分からない。
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