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彼は仕事柄、外では意識的に落ち着いた振る舞いをする。けれど私とふたりきりのときは、悪い言い方をすればだらしなかった。家事は私に任せっきり。デートらしいデートはほとんどなく、休日は家で適当な映画をだらだらと観て、お腹が空いたらスーパーに出かけるくらい。日頃から気を張っている反動なのか分からないけど、私は彼のそういうところが好ましかった。求められている気がして、隙を見せてもいい相手である証のような気がして、嬉しかった。
けれど、いつからだろう。そんな日々に息苦しさを感じるようになったのは。彼に愛される私でありたい、そうあるべきだ。危うい思考によって生まれた彼専用のもうひとりの私は、いつの間にか私自身を覆い尽くしていた。気づけなかったんじゃない。気づきたくなかっただけ。彼のために生きる私に成り代わってしまえば、これから先、もっと年を取ってもずっと一緒にいられると思ったから。
直人のことは好きだったし、彼も私を好きだった。でも、私たちの関係は恋人とも夫婦とも呼べないものだったように思う。直人が甘え、私が応える。ただそれだけ。結局私は中身なんてどうてもよくて、ただその仕組みによってひとりじゃないことを確認していたかっただけだった。
彼はいつも純粋に私を求めてくれていたのに。愛されるための努力の仕方を間違えて、歪んでいった、私が悪い。そう思うと内蔵がぐっと重くなる。波間にはノクチルカの青い光がゆらゆらと揺れている。波が立つとぼんやりと灯り、引くとすっと消える。繰り返される光景に、少しだけ心が落ち着く。
この一週間、体は軽かったけど、深いところでは何かが蠢いていた。このままひとりで老いて、死んでいく。今でもそれは恐ろしくて、すがるように直人に連絡をしたくなる。でも、その先にはもっと息苦しい世界が待っていると知っているから。それに比べたら今はずいぶんとマシに思えた。
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