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花火の場所取りをしようと、海の近くへ移動しようとしたとき、爪先にコツンと石のようなものが当たった気がした。
薄暗闇の中で目を凝らすと、透明な羽を持つ蝉が仰向けに転がっていて、思わず悲鳴をあげて飛び退る。
「どうした、千歳。あぁ、蝉な」
隣にいた父が俺の足元を覗きこむと「もう死んでる」と言って、死んだ蝉をわざわざ道の脇にある植えこみに移動させた。
一緒にいた従妹の少女が、俺を上目遣いに見ながら言った。
「ちい兄、どうして蝉って、ひっくり返って死んでいるの?」
「物につかまるための脚の力が弱くなるから、ひっくり返っちゃうんじゃないかな」
テレビで得たばかりの知識を伝えると、従妹はぽかんと口を開いて、まばたきする。
すると、蝉を土の上に置いてもどってきた父が言った。
「蝉も花火を見たかったんだよ」
ほら、と父が夜空を指差すと、タイミングよく大輪の赤い花火が咲いて、すこし遅れてドンッと爆発音がひびいた。花火は鮮やかな余韻を残して、群青色の空にとけていく。
空を見上げた従妹が無邪気に笑顔を浮かべたので、まるでお前はまちがっていると言われたような気分になって、納得がいかなかった。
俺は父をじっとにらんだ。父は、たこ焼きの入ったトレーを片手に夜空を見上げている。
まだ少年の面影を残した父の横顔は、俺とちがって陽気な性格がにじみ出ていた。
「なんでそんな嘘を教えるんだよ」
父は不機嫌になった俺にはおかまいなしの様子で、次々と打ちあがる花火を眺めながら言った。
「蝉がどうして死んだかより、最期に花火を見たかったんだって考えたほうが優しいだろ?」
「そんなの、あんたの都合の良い解釈だろ」
俺が吐き捨てるように言うと、父さんは「そうかもなぁ」とたこ焼きを食べながらうなずいた。
だらしなくて、いつも母さんに怒られてばかりの情けない父親のくせに。
怒りで頬が熱くなる。
なぜか負けた気分になった俺は、意地を張って、空に咲く大輪の花からわざと目を逸らした。
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