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『樹液を求めてやっぱり虫は集まります。人が呪いをかけてくれるから、私はたくさんの命を繋いでいってるんです』
「……そんなこともあるんだな」
『はい。だから、貴方も呪いをかけたいならいいですよ。樹液がこぼれれば虫が生きられます。虫をとりに小動物が集まり、小型の動物が集まり、ここは命を繋いでいってます』
「そっか」
『あと私も気持ちいいです』
「それはちょっとどうでもいいかな。中空洞になったりしないのか」
『してますよ』
「え」
『虫が穴をあけて動物も穴をあけて。たぶんあと10年もたないでしょうね。中スカスカなので、いつか強風で折れるでしょう』
「……」
『それでも。ただひたすら何もなく虚しく朽ちていくよりはずっと楽しいです』
木は、自分で動くことができない。水は雨が降った時だけ吸収し、晴れた時だけ光合成する。台風や雷で枝が折れても治す事なんてできない。成長には何十年もかかる。ひたすら待ち続けることでしか生きることができない。だから一つ一つの事に感謝をし、前だけを、いや、上だけを見続ける。
それに比べて、俺は。なんてつまらなくてちっぽけで……。歩けるし喋れるしなんだってできる。逃げ出すことも、挑むこともできる。それをやらないのは自分だ、自分自身。決断しているのは俺。嫌な奴がいても、対処ができないなら遠ざかればいいのにそれさえしないで悲劇の渦中にいるかのように思って。無職になったのならがむしゃらに頑張ってみればいいじゃないか。死ぬ気でやってもどうせ死なないのだから。
『呪いは、よろしいのですか?』
「うん、いいや。今の聞いて勇気もらった」
『そうですか、珍しいですよここで呪いを諦める人は。珍しいというか初めてですかね?絶対殺してやると死ね死ね死ね死ね叫んで釘打ち付けていきますから』
「なんつーか、お前も微妙な立ち位置だよな」
『おかげで死んでほしい奴の名前覚えました。八坂裕一さん恨まれまくりです』
「え?」
その名前は俺が呪ってやろうとしていた奴だ。目が点になる。
『この藁人形全体の4割が八坂さん宛です』
「多すぎんだろ、どんだけ恨まれてるんだよあいつ」
そりゃあんだけクズ野郎じゃそうか。
『おや、お知り合いですか。というか、この流れならあなたのお相手ですね』
「表現がなんかヤだな」
『でもこれだけ恨まれていてもぴんぴんしてるなら呪いなんてやっぱり効果ないですよ。暇つぶしに数えてきましたけど48人分です』
「改めて聞くとやっぱ多い」
若干引きながら言うと、木は私もそう思いますと同意してきた。
『知っていますか。49という数字は忌み数と言われ、昔から嫌われてきた数字です』
「……」
『あと一人で49。貴方が藁人形をうてば、今度こそ呪いが成就すると思いますよ』
あと一人。そうすれば、あいつは呪いがかかって不幸になるかもしれない。もしかしたら死ぬかもしれない。俺はぐっと金づちを握りしめ、そして……。
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