命を育み、命を奪う木

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 結局俺は藁人形を打ち付けなかった。そんなことをするくらいなら、他にやることもできることもあるはずだと木に言った。木に別れを告げ、二度とここには来ないと言うと是非そうしてください、貴方には貴方だけの幸せがきっと訪れますよと言ってくれた。なんだか不思議な気分だ、木に励まされると言うのは。  その後俺は辞表を出し、なんか嫌味とか嫌がらせとか八坂が言ったりやったりしてきたが、あの木との会話を思い出すとこいつが急にちっぽけな存在に見えて全部無視した。するとちょっといきがってきたが、録音した罵詈雑言を目の前で再生してみせ、パワハラで経営陣と人事課と労基に訴えて対処するから、と言うと何マジになってんだよダッセ、と捨て台詞を吐いて俺に関わってこなくなった。ざまあとも何とも思わない、変な犬に噛みつかれてたんだなと思いさっさと会社を後にした。  その後見事無職となった俺はバイトを掛け持ちしながらシステムエンジニアを目指してプログラミングの勉強を始めた。金は多少かかるが貯金は少しある。  そんなある日。前の会社で同期だった奴とばったり会った。そいつも近々会社を辞める予定なのだそうだ。やっぱり八坂がきついからか、なんて冗談めいて話せるくらいには俺のメンタルは回復していた。 「いや、八坂はいないよ。死んだ」 「はあ? なんでまた。事故? あ、誰かに刺されたか?」 「事故……事件、かな。オフィスで死んでたらしいんだ。警察来て大変だった。俺ちらっと警察の会話聞いちゃったんだけど、全身ぶっとい釘があちこち刺さりまくってて口の中から……すげえ数の虫が溢れてたんだって」 こんな話でごめんな、気味悪いから辞めるんだ、といって同僚は立ち去った。 少し考えたが思い立った。 「ああ、誰か成立させちゃったのか」 49回目を。 END
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