1400色の世界

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 二枚目、スクランブル交差点のような絵だ。ビル、街路樹、人。信号機も車もはっきり書かれているが、人の顔だけが……なんというのだろう、一度クレヨンで書いてその上から消しゴムをかけたかのような。まったく消えていない、むしろクレヨンがおかしな伸び方をしてぐちゃぐちゃに混ざっているような感じ。そう、ちょっと汚いモザイクのようになっている。  見ればビルの巨大モニターに映っているアイドルの顔もそんな感じだ。首から下は普通に書かれているし、犬もちゃんとまともに書いてある。人の顔だけ、ぐちゃぐちゃ。プレートを見る。 「橋本洋輔 顔だけ見えない」  顔だけ。なんで顔だけ? こういうのも芸術性があるというのであろうか。どうなんだろう……。普段なら意味わからん、で終わっているかもしれないがちょっと真剣に考えてみようと思った。犬の顔は認識しているのに人間の顔だけ見えないのか。輪郭もわからないくらい、ピンボケとは違って本当にぐちゃぐちゃだ。 だめだ、何でそういう風になったのか全然思いつかない。次に行こう。  次、三枚目……、いや、五枚目まで同じ人だ。三枚目は自分の手足だろうが、手が異様に小さいのに足が無茶苦茶でかい。幼稚園児が粘土で人間を作って失敗したかのような。四枚目、風呂か?バスタブがプールみたいにでかいが、奥行きが無茶苦茶あるだけで横幅普通。でもシャワーヘッドはすぐ近くにある。シャワーがかかっている壁を突き破ってバスタブが配置されていることになってしまう妙な絵だ。五枚目はどこかの一室、自分の部屋だろうか。しかしその部屋は妙に波打っている、水面に映った風景に石を投げて波立たせたかのような、そんな感じだ。  そこまで見て気づいた。この3枚の絵、もしかしてアリス症候群の人の絵ではないだろうか。見ている物が極度に大きく見えたり小さく見えたり、伸び縮みをしたり歪んでいたり。そんな奇病が確かあった。 そういえばギャラリーのタイトルが私たちの見える世界、だった。だとしたら、ここにある不思議な絵はすべて何らかの視覚異常がある人達が描いた絵なのでは?  そう思うと、次の絵はなんだ、次は、ともっと絵を見たくなってくる。面白半分ではない、からかう意味もない。ただ知りたかったんだ、普通の人と違う風景が見える人たちはどんな世界が見えるのか。 ドアの隙間から見たかのような細長い世界、虫のようなものが蠢く世界、空中に常に光り輝くものが見える世界、常に右半分だけさかさまに見える世界……さかさまに見えるのは凄く大変そうだな……そうやって次々と見ていく中でとうとう最後の絵になった。その絵は他の絵より明らかに大きく1メートル以上はある。 絵の前に立って、目を見開いた。
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