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睦月はついていない事が多い。いつも間が悪く、なんでこうなる、と思うことが多い。
電車に乗ろうとすると目の前で扉が閉まるのはざら。欲しいものを買えばその数日後には出血大サービスセールで売られている。雨の日車がはねた水にかからないよう避けるとすぐ脇を走ってきた自転車がはねた泥水がかかる。
他にもたくさん、数えきれないくらいある。どれもちょっとした事だ、大したことでもない。でも数えてみると一日一回は起きる。結構な確率ではないだろうか、一日一回。
「何でかな」
缶コーヒーを飲みながら拗ねてつぶやけば、友人の音羽がけらけらっと笑う。
「そんなの、電車は早めに家出てればいいし安売りは高く買った分早く手に入れることができて満足も早く得られたんでしょ、投資だよ投資。泥水はレインコート着てればいくらはねられても問題ない。次から気をつければいいじゃん、あんたそこまで不運じゃないよ」
音羽のこういうところが羨ましかった。反省しつつ常に前向きな考えなのだ。睦月はなんでだよ、と考えてしまうことを音羽はポジティブに考えられる。
音羽が能天気な奴というわけではない、むしろとても苦労した。パート勤めの母を持つ母子家庭で家は貧しく、食事は給食だけだった日も多かったとか。そんな母親は掛け持ちの仕事をして無理をしていて、過労で倒れそのままこの世を去った。音羽が17歳の時、2年前だ。
さすがに親をなくしたら前向きにはなれないだろうな、と思った。お金がなく通夜も告別式もできず、家族のみの密葬という形で棺を前に黙って立ち尽くす音羽に睦月がなんて声をかけようか悩んでいると音羽は少し泣きながら言った。
「よかった、お母さんがやっと眠れて。不眠症だったの、いつも疲れててさ。今、ちゃんと休めてる」
その言葉に睦月は膝から崩れ落ちて叫ぶ勢いで大号泣した、音羽が引くくらいに。
音羽は高校を中退し、働かざるを得なくなった。お金がなかった母は保険には入っていなかったのだ。これもなんて声をかけよう、と悩んだ。すると音羽はニカっと笑って言った。
「アタシがいない高校生活、寂しくても泣かないでよ」
言葉が返せずぐっといろいろなものを我慢していると、あ、と音羽は気が付いたように。
「アタシはちょっと寂しいから、会いに来るからね」
その言葉に睦月は崩れ落ちて泣いた、音羽の強さと健気さと友人を想う優しさと……とにかくいろいろなものに。
自分よりも苦労しているのに苦労を苦労ととらえず、この程度、とかまあなんとかなる、なんとかする、とか。そんな言葉をよく聞く。
「どうしても、どうにもならない事が起きたら?」
「まあ、神様が与えた苦難を乗り越えるためのチャンスだと思うわ」
すっげえ、なんだそれ。そんな風に考えるの? ガンジーかマザーテレサか、と目を丸くした。ま、そんなもんでしょ人生なんて、と明るく笑い飛ばしていた。
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