10人が本棚に入れています
本棚に追加
ポジティブを声に出すと、脳がそう理解して本当に前向きになる。
じゃあ、どうしようもない事はどうするのか?
神様が与えた、苦難を乗り越えるチャンスだと思おう。
どんな言葉で?
友人を亡くした事を、どんなポジティブな言葉があるというのか。
例えば、何? 神様が強い心を持つために与えた試練だとでもいうのか。車に気をつけましょうとでもいうのか。ジュース買っててよかったね?
そんな事言う奴がいたら本気で殴ってる。
わからない。思いつかない。
だって、こんな突然で、目の前で、駆けつけた時はもう息がなくて。
葬儀と火葬なんてあっという間で、骨になって小さな壺に押し込められて終わりだ。
音羽はこんな壺じゃない。
なんだこれ、どんなポジティブがあるんだ。
教えて、誰か。
「寂しいよ」
声に出す。
「苦しいし、辛いし、耐えられないよ、音羽。もっと一緒にいてよ」
《私がいなくても寂しくて泣かないでよ》
「泣くよ、寂しいもん」
《あんたいつも全力じゃん、感情も考えも。燃え尽きそうな勢いで。ついてない時全力で悲しむけど、嬉しい時は全力で嬉しがるじゃん。それを私とシェアまでしてくれてさ。なんかそれ見てると頑張ってみようかなって思える》
音羽の言葉に助けられていたように、音羽は睦月の言動に助けられていた。だったら睦月は全力になるだけだ、無理やりポジティブになろうとせず。
《あのさ、我慢はよくない》
蘇る音羽の言葉の数々。目からは体中の水分が集まったかのように、止まることなく涙があふれ続ける。
じゃあ我慢しない。電車に乗り遅れたらなんでじゃあ、と全力で悔しがる。感動のドラマを見たら滝のように涙を流し。新発売の食べ物飲み物はとりあえず試してみて美味しいものを思いっきり楽しむ。
それをシェアしたい人はもういない。
「ちくしょう」
声に出す、悔しいから、悲しいから、辛いから。
「ちくしょう、音羽。天国行くの早すぎんだけど。お母さんより、もうちょっと友達を優先しなさいよ」
ぼたぼたと涙を流しながら、それでもなんだかおかしくて泣きながら笑う。前向きになれないのなら、なる必要ない。でも、これだけは言っておきたい。
《先行くから、買ったら追いついて最高の決め台詞と共に私に渡しなさい、青汁だったらぶっ飛ばす》
「ぜえええええったい、アンタの分を足して二人分、全力で幸せになってやるからな!行くのはだいぶ先だけど天国で首洗って待ってろ!」
小さくなってしまった音羽の前にダン、とあの時自販機で買った紅茶を置いて、ビシ、っと親指を立ててサムズアップをし、口元だけは笑って見せる。
声に出した、言ってやった。宣言してみせた。だったら、あとはそれに向かって全力で行くだけだ。音羽が助けられていた、睦月の持ち味を最大限に生かすだけだ。背伸びしたって自分を変えようとしたって無理だ、人間そんなに器用にどうにかできるものではない。だから。
ポジティブでもネガティブでも声に出して、あとはそれに向かって、全力で。
そして今は、全力で泣こう。悲しいのだから。
火葬場の人が心配して駆け寄ってくるくらい、睦月は膝から崩れ落ちて泣いた。いつでも睦月は全力なのだ。
END
最初のコメントを投稿しよう!