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「誘惑をして相手を陥れる、私の糧にする。それが私の生き方です。そうやって生きることが当たり前だったのです。でも、あの日。あの人に、恋をしてしまいました」
照れている様子はない、むしろ声は今にも泣きそうだ。演技でもイタイ奴でもない。彼女は真剣に告白しているのだ。
「あの人は目が見えなかったのです。だから私を見ることができず、私の誘惑にも暗示にもかからない。ありのままの私を、本当の私を理解してくれたのです。でも、だからこそ。私は、私たち一族は、人間に恋をしてはいけないのに。本当に彼を愛してしまったのです」
女は泣いていた。一族の、種族の禁忌とされる人間への恋。それは一族では断罪されるべき罪だ。
「あの人のそばにはいられなくて、逃げてきました。一族からも逃げています。私は何もできない、この気持ちを抱えたまま……最後を迎える場所が、宿敵の元だとは笑えます。でも、誰かに告白したかった」
女はぜえぜえ、と息が荒い。当然だ、神の敵である存在は教会に入ることはできない。入れるのは非常に強い魔力を持ったものだけ、それでも長時間いれば死に至る。
「そうか。じゃあ、告白して来い、その人に」
司祭はそう言うと壁をすり抜けて女の前に立つ。女は目を見開いた。人間が壁抜けなどできるはずがない、そんな事できるのは。
「あなたは……」
女の体はじわじわと燃えている。ただでさえ男に恋をしてから人間を誘惑し生気を吸うのをやめたのだ。弱り切っていた。教会の聖なる力に抵抗することもできない。その様子をじっと見ている司祭は彼女の顔に触れる。触れることによって燃える勢いはさらに増した。
「燃えきったら10秒後、そこから10秒だ、それで伝えろ」
ゴオ、と音を立てて女は燃えて炭になる。その炭に司祭はふぅっと勢いよく息を吹きかけた。すると竜巻のような風が吹きあがり、彼女の消えそうな魂は風に乗って飛び立った。
とても普通では考えれない速度で飛んでいく、あの人のもとへ。
10、
来た道をどんどん戻っていく、倒れそうになりながら歩いた道を
9、
喉が渇いて水を飲んだ井戸を越え
8、
追手に羽を切り落とされて飛べなくなってしまった峠を過ぎ
7、
足を滑らせて落ちた崖を上り
6、
どうしても腹が空いて、子供に手をかけようとして思いとどまった村を通り抜け
5、
長い長い小麦畑を進み
4、
よく隠れ家にしていた森を一気に抜けて
3、
さびれた村の、聖なる加護などとっくになくなっている教会に着いて
2、
司祭をしているあの人のもとへ、50年ぶりに
1……
ふわりと風が彼の頬を撫でる。その温かい風は彼女のぬくもりと同じだ。目が見えない彼は、それでもまるで見えているかのように彼女の方に顔を向ける。
「貴方が好きです、フィリップ。愛しています」
「私もだよ、マリア」
「ありがとう、さようなら、私の愛しい人」
「さようなら、私の愛しい悪魔」
彼女は風となって消えた。そして、死してなお彼女を待ち続けた、彼の魂も天へと旅立つ。
「ちゃんと言えたな」
数百キロ離れたその土地のその光景を見届け、司祭はタバコを吸う。思い切り吹き飛ばしたせいで懺悔室は粉々だ。いつも冷やかしにくる奴らをこき使って直さなければ、本部の連中が知ったらペナルティどころではない。司祭が救うのは人間限定だからだ。
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